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ジョニー・ライデンの変更点

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!!!ジョニー・ライデン
*[キャラ]
!!データ
,パーソナルデータ{COLS:2|LEFT}
,所属,ジオン軍
,所属,ジオン公国軍
,階級,少佐
,異名,真紅の稲妻
,主な搭乗機,高機動型ザク(MS-06R-2){{br}}高機動型ゲルググ{{br}}フルバレットザク{{br}}ランド・ザック
,主な搭乗機,ザクR2,高機動型ゲルググ
,軍籍番号,PM056330279A
//,血液型,etc
,製作データ{COLS:2|BGCOLOR:88aaff|BOLD}
,登場世界,宇宙世紀
,声優,井上和彦(ゲーム)

!!解説
 ジオン公国突撃機動軍所属のエースパイロット。
 ジオン公国軍のモビルスーツパイロット。
 階級は少佐だが,のち終身中佐扱いとなっている。
 その機体が赤と黒で塗り分けられていたことから,「真紅の稲妻」の異名で知られるようになった。このパーソナルカラーから「赤い彗星」ことシャア・アズナブルと戦場では誤認されることが多かったという。
 一年戦争末期にはキシリア・ザビ配下のエース部隊「キマイラ隊」に配属されたが,ア・バオア・クー攻防戦中に行方不明となる。
 スコアとして,モビルスーツ撃墜数185機,艦船撃墜数6隻の記録が残るが,異説も多い。

 突撃機動軍所属のエースパイロットの一人で,その機体が赤と黒で塗り分けられていたことから,「真紅の稲妻」の異名で知られるようになった。
 このパーソナルカラーから「赤い彗星」ことシャア・アズナブルと戦場では誤認されることが多かったといわれ,戦後の検証では,実際にはライデン少佐の戦果であったことが確認された事例もあったとも言われる。
 一年戦争末期にはキシリア・ザビ配下のエース部隊「キマイラ隊」に配属されたが,ア・バオア・クー攻防戦中に行方不明となっている。
 スコアとして,モビルスーツ撃墜数185機,艦船撃墜数6隻の記録が残るが,彼の記録に関しては異説も多い。
!略歴
 宇宙世紀56年,米国系イギリス人の血を引くサイド3への第一次移民の三世として生まれる。祖父は旧オーストラリア出身であった。
 22歳で国防軍に志願し,兵学校を卒業後,突撃機動軍にMSパイロットとして配属された。
 開戦時は曹長として06Cに乗っており,続くルウム戦役で戦艦3隻を撃沈して,その功績によって大尉に昇進,乗機も06Fに乗り換えている。彼のパーソナルマークである一角獣(ユニコーン)は,ルウム戦役の軍功によって大尉に昇進して以来のものである。
 この時期以来,機体を深紅と黒に塗装しており,これは少佐に昇進してのちの06R-2,さらに,14Bでも継承されている。(一説には,最初の06Cの時点で,一部パーツを深紅に塗装していたとも言われる。)
 宇宙世紀0056年,サイド3への第一次移民の三世として生まれる。
 22歳で共和国国防軍(当時)に志願し,兵学校を卒業後,突撃機動軍にモビルスーツパイロットとして配属された。
 開戦時は曹長としてMS-06C《ザク供佞鮠莎,箸靴討い燭,続くルウム戦役で戦艦3隻を撃沈して,その功績によって大尉に昇進,これに合わせて乗機もMS-06Fに乗り換えている。また,この時期以来,機体を深紅と黒に塗装しており,これは少佐に昇進してのちのMS-06R-2,さらに,MS-14B(MS-14C)でも継承されている。(なお,一角獣のパーソナルマークもそれ以来のものだと言われている。)

 キシリア・ザビ少将麾下の突撃機動軍に所属しているうえ,深紅の機体に搭乗していたため,連邦の将兵にはよくシャア・アズナブルと間違われたこともあるらしいが,公国軍の中で彼の乗機の肘にマーキングされたユニコーンを見間違えるものはなかったという。
 その後は,突撃起動軍第2方面軍特務中隊の指揮官として,連邦軍補給部隊の航路を寸断する任に就くことが多かった。実際,彼によって沈められた連邦軍の補給艦は枚挙にいとまが無いほどとされ,後方部隊においては,赤い彗星よりも深紅の稲妻の方が,恐怖を感じたとまで言われているのである。
 当初は,突撃起動軍第2方面軍特務中隊(プリムス艦隊)の指揮官として,連邦軍補給部隊の航路を寸断する任に就いていたが,一年戦争末期には,他のエースパイロットたちと共にエース部隊キマイラに配属(後に第一中隊長)されている。
 キマイラ配属後にMS-14を乗機とし,様々な任務に従事したが,U.C.0079年12月31日のア・バオア・クー攻防戦に参戦した記録を最後にその消息は途絶えている。

 一年戦争末期には,他のエースパイロットたちと共にエース部隊であるキマイラに配属。キマイラでは後に第一中隊長となる。
 キマイラ配属後のグラナダからア・バオア・クー攻防戦への参戦が,彼の最後の公式記録である。
!異説
 ジョニー・ライデンとされる写真は数多く存在しているが,多くはその風体が異なり,とても同一人物とは思えないものとなっている。これは,重要人物であったライデンの影武者が数多く存在していたという説や,その戦果からライデンの名を騙る人物が多かったという説,そして,そもそもライデンなる人物が存在しなかったという説など,様々な説が存在している。
 逆に言えば,それだけ「ジョニー・ライデン」という人物については謎に包まれているのである。
 例えば,ライデンの略歴についてはほとんどの資料で差異は無いが,国防軍への志願については,一般的に時勢的状況からか,ライデンの志願ということになっているが,比較的新しい資料の中には,親(かなりのザビ家シンパとされている)による強制的な入隊であったともされている。
 また,多くの資料ではキシリア・ザビとのつながりを指摘しているが,本人はザビ家嫌いだったとも言われており,「大筋は一致するものの詳細が異なる」状況となっているのである。
 これは彼が,少佐にふさわしく,それなりの軍功と実績は持っているものの,彼の名が取りざたされたのは,報道や出版に寄るところが多かったためで,実際にそのことで悩んでもいたとも言われている。
 なお,その後の消息については様々な説があり,いずれも定説たり得ない状況である。そもそもライデン少佐に関しては,その肖像すら複数存在しており,どれが本物の少佐であるか確定を得ていない。
 他のエースパイロットの記録が比較的詳細まではっきりしているのに対して,戦中の記録から曖昧なことから,一時は宣伝上の架空の人物では無いかとまで取りざたされたほどである。(なお,ライデン少佐の功績が積極的に宣伝されたことは事実であり,この際に影武者として使われたパイロットが肖像として残されているという可能性は否定できない。)

 なお,公式記録上では,ライデンはア・バオア・クー攻防戦におけるMIA(生死不明)であり,事実上の戦死扱いである。(これを終身中佐という扱いにしたのは,ライデンという人物に対して,死亡したと断じたくない人々の思いがあったものと思われる。)
 しかし,非公式とされる資料の中には,戦後再び現れたとする記録も確認できる。
 現在,戦後のライデンに関して確認できる資料は,大きく2つ存在しており,一つ目はア・バオア・クー攻防戦から終戦直後までのしばらくの間のもので,ライデンの行方不明を記録する原因となったゲルググの損壊の後に,再びザクに搭乗し,無事に生き残ったというものである。
 この資料では,後に「ジョニー・デップ」なる偽名を用いて,地球に赴き,ゲリラ化した公国軍残党と交戦したとされている。(なお,この資料に関しては,「ライデンを死亡したと思わない人々」による創作との噂もあるが,真相は不明である。)
 先述した通り,その後の消息についてはいくつかの説があるが,これらに簡単に触れておきたい。
 現在,記録の公開が進められているU.C.0090年のF.S.S.の記録にもライデン少佐に関わる記録が含まれており,他の記録との整合性をみても,最も信頼性が高いものではないかとも考えられている。
 この記録は,現在も公開が続けられており,詳細が明らかとなった時点で取りまとめておきたい。

 また,もう一つの資料は,現在も鑑定作業が継続中で,詳細が明らかとなるのはまだまだ先だと思われるが,ライデン本人が戦闘による負傷で記憶を失ってしまったというものである。
 U.C.0090年に発表されたF.S.S.による資料の一部に確認できるこれらの情報については明らかとなってからまとめたいと考える。
 また,このF.S.S.の記録に関連がありそうな記録として,グリプス戦役期のカラバの映像記録{{fn GUNDAM EVOLVE ../9}}に関する資料に,MSZ-006-P2/3C《Ζガンダム》のパイロットとして予定されていたと思しき記録が見える。(なお,このパイロットの通称が「ライトニング」といわれる。)これがライデン少佐と同一人物であるかどうかについては不明だが,状況証拠的に考えると一致するものがかなりの割合であるとも言うことができる。
 また,同じ人物が,U.C.0097年にはアナハイム・エレクトロニクスのMSZ-006レプリカ機を運用した記録も残されている。

 他にも,エゥーゴに参画していた{{fn EVOLVE../9でにおわされている。}}など,様々な資料が存在しているが,いずれも確度に関しては怪しいもので,まだまだ研究の余地があるといえるだろう。
 これ以外には,U.C.0122年の火星独立ジオン軍(オールズ・モビル)の総帥がジョニー・ライデンと名乗った{{fn SDクラブ版ガンダムF90}}ともされるが,時期的にライデン少佐である可能性は低いと考えられる。

 他には,ア・バオア・クー攻防戦において,脱出するキシリア・ザビの乗艦と共に命を落とした,といった記述{{fn パイロット列伝}}や,終戦間際に連邦軍のFA-78-2と交戦し,その後は偽名を用いて地球に下ったという説もある。
!!登場作品
:/公式・準公式作品/:
[[MSV]]
[[ガンダムパイロット列伝 蒼穹の勇者達]]
MSV戦記 ジョニー・ライデン
機動戦士ガンダムMSV-R ジョニー・ライデンの帰還
GUNDAM TACTICS MOBILITY FLEET 0079

:/非公式作品/:

!!備考
 元々はMSVにおけるお遊びが発端ではあるが,様々な理由(MSVという作品展開において,モビルスーツを操縦するパイロットの必要性など)から,その名が知られるようになった。特に,ガンプラのコマーシャルでその名が登場することから,突出した人気を獲得するに至っている{{fn なお,MSVでライデンが設定されたことそのものは,モビルスーツの開発史において,パイロットや開発者等の「キャラクタ」が設定された方が物語に深みがでるという点であるが,そもそもは,ガンダム本編のモブキャラがピックアップされた事例からともいわれる。}}。
 解説文中でも話題にしているが,ライデンとされるイラストは多岐にわたり,マツナガのようなある程度定まった方向性というものが無かった。現在の様などちらかと言えば若々しい青年といったデザインになったのは,ギレンの野望からで,ジョニー・ライデンの帰還などもこのギレンの野望のデザインの系譜上にあるとも言うことができる。

 なお,解説文では「士気高揚のプロパガンダとして利用されることを本人はあまりよく思っていなかった」という設定を利用し,本人以外の替え玉がプロパガンダに登場した可能性を指摘したもので,完全な公式設定では無い。
!!関連キャラ
*[[ジョニー・ライデンの父]]
*[[ジョニー・ライデンの祖父]]

!!関連項目

!!編集者
*あさぎり
*だっちん
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{{category キャラクタ・し}}
{{category キャラクタ・MSV}}
{{category キャラクタ・MSV戦記}}
{{category キャラクタ・TACTICS}}
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{{lastmodified}}
//2015.02.09:ジョニー・デップ
!!ノート
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