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考察:Laboratory Report/第2章 宇宙世紀の技術(4-3)

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第2章 宇宙世紀の技術

 宇宙世紀の概要については,前章で簡単に説明を行った。本章では,これら時代時代に応じた技術的な面を概要と詳細の形でまとめていきたい。また,各陣営ごと,開発メーカーごとのMS開発に関する技術系譜等も本章で扱う。
 特に,宇宙世紀初期と記録の残る終盤である,200年代ではその世界環境が大きく異なるため,これらも含めて技術論という形でまとめておく。

 なお,各モビルスーツの詳細データ等,個別考察については第4章以降にまとめているので,そちらを参照してほしい。

 2-4 モビルスーツの開発メーカー


 本項では,ジオン公国軍及び地球連邦軍におけるMSの開発メーカーについてその概要と詳細をまとめている。また,関連してMSの爆発的な進化が続いたグリプス戦役期頃までのMSの開発に関わった企業や組織等についてもまとめている。(企業ではなく,軍主導で開発が進められた機体群も存在するため,こういった表現になっている。)
 この時代,MSという機動兵器の基礎フォーマットが確立した時期ともいえ,以降のMS開発はこの成熟が続いていった時代と区別することが可能であり,それだけに様々なメーカーがその技術を競った時代だとも言えるのである。また,メーカーの違いはMSのコンセプトの違いとも言える時期であり,こうした時代を経て,MSという兵器は完成度が高められていったのであろう。そのため,この時代のMSは,初期にMSという兵器が登場した時期から,様々な用途別,機種別分類が確立するまで,非常に短期間で成熟しており,(一般的には兵器の成熟には非常に長時間がかかるものであるのだが)わずか20年ほどで第1〜第5世代まで急速に発展している。(ただし,基礎的フォーマットの確立は第2世代でなされており,以後の機種は多くがこの第2世代MSをベースとしているのは注目すべき点である。)

 第1節から第7節までは,これら一年戦争前後から第2次ネオ・ジオン戦争というMSが急速に発展した時代のMS開発メーカー,組織を重点的に解説している。また,宇宙世紀100年以降に登場したMS開発メーカーに関する概要や詳細については,代表的なものを第8節以降にまとめている。

 (3) ZIMMAD / ツィマット社


 ツィマット社は,公国軍におけるMS開発メーカーとして,ジオニック社の競合企業である。また,後のMS-09ドムで大きく躍進し,その改良型のMS-R09(MS-09R)で一時はジオン軍の主力量産型の座を射止めるまでなったメーカーである。
 ツィマット社は,もともとS.F.S.(サブ・フライト・システム)等のMSの周辺兵器に実績があるメーカーで,また極めて初期からMS開発に関わっていたこともあり,数多くのMS開発に従事してきた。
 しかしながら,開発したMSに関する情報は多く残っているのに対して,メーカーそのものに対する情報に乏しい企業でもある。特にどういった経緯でMS生産に参入してきたか,という状況に関してはよく知られていなかった。だが,近年幾つかの資料で,このあたりの事情を伺わせるようなものが発見されており,その実情が見えてきている。

 本節では,ツィマット社のMS開発に関連した情報をまとめていきたい。

ツィマット社のMS開発

 先に示したとおりツィマット社がいかなる形でMS生産に参入してきたかについての詳細は,実のところ明らかになっていない。公国におけるMS開発に関連した事柄としては,新兵器開発コンペティションが記録として残る最も古いものであるが,ここで現れる社名はジオニック社とMIP社であり,ツィマット社の社名は無い。
 これまでツィマット社に関係した記述はほとんど存在しなかったのだが,近年発見された資料には,MS開発の初期から生産に参入していた,という事実が窺える(*1)。ここから考えるとツィマット社は元々何らかの技術面,あるいは生産面などで,公国軍に一目置かれていたであろうことは想像するに難くない。この点を論ずる前に,まずは既存の資料から判ることをまとめていきたい。

 まず最初に,既存の資料においてツィマット社が開発したことが確実とされているMSについてまとめてみたのが次のリストである。

 ・EMS-04:ヅダ
 ・EMS-10:ヅダ
 ・MS-07C-5:グフ試作実験機
 ・YMS-08A:高機動試験機
 ・YMS-09 / YMS-09D:プロトタイプドム系
 ・MS-09 / MS-09R:ドム/リックドム系
 ・MS-09G/H:ドワッジ系
 ・YMS-15 / MS-X10:ギャン
 ・MSM-02:水中実験機
 ・MSM-03:ゴッグ

 また,次に挙げる機体は明確に開発メーカーが示されているわけではないが,様々な資料などからの総合的な判断でツィマット社が開発したと想定される機体である。なお,統合整備計画による機体と,ペズン計画による機体もメーカーの境目が曖昧であるため,(比較的出仕がはっきりしているMS-13ガッシャとMS-12ギガンを除いて)ここに挙げている。

 ・MS-09R2:リック・ドム
 ・MS-10:ドワッジ
 ・MS-11:アクトザク
 ・MS-17:ガルバルディ

 以下のMSは,資料からツィマット社がライセンス生産を行ったと考えられる機種である。

 ・MS-05:ザク儀
 ・MS-06:ザク況
 ・MS-07:グフ系
 ・MS-14:ゲルググ系

 現時点でツィマット社に関係する機体は,上記のようなものであるが,これらの中で最も初期に開発が行われた機体が「EMS-04ヅダ」であるとされている。これらの一覧から,ツィマットが生産したライセンス生産機は,基本的にジオニック社製のMSであり,OEMであることから機体設計はオープンであるものである。一方,独自に開発した機体は,先のEMS-04ヅダを始め,いずれの機体も何らかの「斬新なアイデア」が投入された機体であることが理解いただけると思う。逆に言えば,ツィマット社とは「そういったアイディアを投入しないとジオニックに勝てない」メーカーであったということだろう。これは,ツィマット社が後の世で2番手メーカーとして認知されている点もこれを証明しているといえるだろう(*2)。

 我々が一般的にツィマット社というと「ドム」というイメージが強いため,重MS的な機体が多いと考えがちである。ところが,上記の開発機一覧をご覧になって貰うと分かるように,実際には重MSというよりは,(水陸両用機を除いた機体は)高機動型の機体が多いのである。
 これは「高機動を実現する為の重MSが多い」とも言い換えられるのだが,実際には「重MSが特徴的なメーカー」というよりも,「公国系MSの主流が重MSにシフトしていた」と考えるのが妥当なのである。(一年戦争終盤の量産MSであるゲルググもジオニック社製MSでありながら重MSにカテゴライズされるという点からもそのように考えるのが妥当である。)

 さて,ここまで考えると,ツィマット社のMS開発における主張が徐々に見えてくであろう。つまり,ツィマット社のMS開発は「ジオニック社のMS開発の狭間をついたもの」であるということなのである。(*3)

ツィマット系MS開発の流れ

 先に提示したツィマット系MSにおいて,最も早く建造された機体は間違いなくEMS-04ヅダであろう。この機体は,MS-05と採用競争を行った機体(*4)といわれており,<資料[5]>の記録フィルムでも意識的に(実質的にEMS-04から何も改修されていない)EMS-10は,MS-06よりも優れた機体であることが語られている。
 しかし,EMS-10が本当に優れた機体であるならば,いずれ採用されないはずがない。仮にEMS-10を603試験部隊に持ち込んだ技術士官(ジャン・リュック・デュバル少佐)が述べたように,EMS-04の採用却下がジオニック社による裏工作によるものだとしたら,一年戦争を通じてMS-06がこれだけ大量に生産されることはまず考えられない。一年戦争当初こそ地球連邦軍がMSに対処しきれなかったとはいえ,ルウム戦役以降敵に鹵獲されたMS-06も多く,戦力解析は進められていたはずである。EMS-04が本当に優れた機体ならば,こういった情報が敵に漏洩し始めた時点で,後継機(あるいは新型機)として採用されてなければならないはずなのである。

 戦争における兵器は,投入したその時点で旧式化するのである。機体が1機でも損壊し,敵に何らかのデータを与えた場合,次はその対処策が施される。つまり,EMS-04が採用されず,別の機体の開発(すなわち,この場合「MS-11」,後のMS-14ゲルググだが)がスタートしていると言うことは,EMS-04には欠陥があり,採用するに足る機体ではなかったいうことに他ならない。要するに,一機能だけが突出していてもそれは大量に量産する兵器としてはバランスを欠いているということなのである。この事実は後にMS-06R-2とMS-09Rの採用において全く同じような理由でMS-06R-2が却下されたことを見ても明らかである。(*5)
 結果的にEMS-10(EMS-04)が欠陥機であることは記録フィルム中で実証されているわけであるが,機体自体に投入された技術は,ツィマット社らしい斬新なものであった。

 ただし,603技術試験隊でのEMS-10の評価はともかくとして,ツィマット社製MSが,かつて採用却下されたにもかかわらず,同じコンセプトでこのような評価試験に回されるだけの「一定の評価をツィマット社が受けていた」という部分に着目してほしい。
 つまり,EMS-04という機体は,何らかの項目でジオン軍にはそれなりの評価を受けていたわけである。

 このEMS-04の後,MS-05のOEM生産によってMS生産メーカーとなったツィマット社は,MS-06,MS-07のOEM生産も手がけている(*6)。これに平行して,独自の機体開発も継続しており,MS-07C-5の様な実験機も開発している。MS-07C-5は,後のYMS-09プロトタイプドムへと繋がる技術テスト機として有名な機体である。つまり,ツィマット社は,ライセンス生産で生産した機体をベースに,次世代MSのテストを繰り返していたと考えられるのである(*7)。これは,キャリフォルニアに大きな生産開発設備があることだけではなく,ここにジオニック社だけではなく,ツィマット社の技術陣も出向していたことを示している(*8)。
 完成したYMS-09は,高い評価を受け,陸戦MSとしては既存のMS-06Jを凌駕する完成度であったため,直ちに生産が開始された(*9)。さらに,完成したMS-09は機体装備の改修によって,単なる陸戦機としてだけではなく熱帯/砂漠戦対応機としても,また,空間戦仕様機としての生産も可能な機体であった。

 早くから次世代MSとしてのMS-11(この場合,ゲルググの初期ナンバー)の開発を推進していたジオン軍であるが,この開発が難航しており,暫定的な繋ぎの主力機として,ついにMS-09の空間戦仕様機であるMS-R09(MS-09R)が選定されるに至ったのである。この事実は,ツィマット社が行ってきた企業経営が基本的に間違っていなかったことを示しており,事実上硬直化したジオニック社を抜き去り,トップメーカーに躍り出たことを意味していた(*10)。
 だが,ジオン軍が劣勢になるにつれ,MS開発も軍部主導で行われることとなる。この中ではどうしても大きな政治力を持ったメーカーの発言力が強くなってしまう。そして,MS-09Rにおいて量産MSの座を勝ち取ったツィマット社もその後の統合整備計画,ペズン計画,そしてMS-11開発計画,いずれも軍部主導でジオニック社の勝利あるいは共同開発という状況に追いやられてしまったのである。しかしながら,いずれの計画においても結果的にはツィマット社の斬新なシステムは評価を受け,ジオニック系MSにもツィマット社製システムが導入されることとなったのである(*11)。

ツィマット社のMS開発への参入

 さて,ここでツィマット社が如何にしてMS開発に参入したのかを考えてみたい。

 ツィマット社は,MS開発(極めて初期では「新兵器」開発)に参入できるほどの実績を持った大手企業ではなかったことは,先に記述したジオン軍の新型兵器コンペティションに参加できていないことからも明らか(*12)である。それどころか,実質的には小規模メーカーであった可能性も否定できない。
 では,どういった分野がツィマット社の製品かというと,様々な資料から元々は航空機分野のメーカーであったことがわかる。これはツィマット社が開発したMS以外のものとしてサブ・フライト・システム(以下SFS)であるドダイYSが挙げられることから,おそらく間違いではないだろう。そして,こういった分野から新たな分野への企業活動の展開の一つとしてMS開発に乗り出したのではないかと考えられるのである。
 また,記録では一年戦争後のジオン共和国軍の兵器開発や整備などを行っていたのがツィマット社とされることから,一年戦争時にジオニック社と同じような総合的な兵器メーカーへ発展したメーカーであると考えられる。つまり,まだMSの開発が始まる前のツィマット社は,航空分野などの限られた領域での実績しかないメーカーであったのだろう。

 だが,先のコンペティション等のように,ジオン公国全体が戦争へと向かう雰囲気を持ち始めたUC0070年代前半は,各メーカーが「軍事兵器に偏った」新型機の開発を進めていたといって過言のない時期であり,様々なメーカーが独自のアイディアで軍に対して売り込みを図っていたのではないかと思われるのである。MIP社やジオニック社は新型兵器開発コンペにおいて軍から指名がかかる実績を既に挙げている状態であるため,仮に開発コンペに敗れたとしても様々な恩恵(たとえば,ライセンス生産による納入など)を得られることは明白であった。一方,それ以外のメーカーはというと,如何にしてこれらの恩恵を得るために軍に対してアピールするかを検討していたのではないだろうか。おそらくツィマット社もそういった企業の一つだったと考えられるのである。

 先に述べたようにツィマット社は,軍に対してMS開発をアピールできる企業であったかは微妙である。ならば,アピールするためには独自開発した「MS-04よりも優れた」兵器をもって持ち込みを行うのが最も適当な方法ではないだろうか。
 ここでピックアップされるのがEMS-04なのである。EMS-04は,そういった意図の元で開発された機体であると考えられるのである。とはいえ,いくら航空機(航宙機)の分野で名の知れたメーカーとはいえ,ツィマット社が軍の新兵器であるMS-01〜03のデータをいきなり提供されるということは考えにくい。また,ツィマット社の開発陣がいくら優れていたとしても,あまりにも斬新な兵器であるMSの開発をジオニック以外のメーカーがいきなりできたとは,考えにくいのである。(実際,MS-04がジオニック社内でのコンペティションで方向付けがなされた後,MS-05の量産初期型がロールアウトするまでわずか2ヵ月しかないのである。この短期間でツィマット社がMSの開発に成功したとは,考えづらいだろう。)

 では,MS-04を凌駕するようなMSを開発する為の基礎データや技術はどこから入手したのだろうか。この点が,ツィマット社の発展のポイントになる部分ではないだろうか。
 ここで考えてもらいたいのが,先のジオニック社の節でとりあつかった<資料[4]>に見られる「ホシオカ重機がジオニックから受けた仕打ち」である。先にも触れたが,ホシオカ重機同様にジオニック社に切り捨てられたであろう「他のMS-04の開発に従事した下請けメーカー」が,ツィマット社に買収なり合併なり(*13)によって,傘下におさめられたのではないかと思われるのである。

 先の<資料[4]>は,ホシオカ重機を中心にまとめられたものであるため,他のメーカーについての記述はほとんどない。しかし,ホシオカ重機は,たまたま挽回のチャンスをつかみ取ることができたことで生き残ったのだが,それまでの間ほとんど仕事らしい仕事を得ることが出来なかったことが確認できる。すなわち,ホシオカのようにジオニックに見捨てられた企業は,MS-04試作機の建造には従事していながら,肝心のMS-04の建造には従事することは出来なかったであろうことは,この<資料[4]>から想定することができるのである。
 そして,これら切り捨てられた企業は,ジオニックのグループからも見捨てられ,実質的には仕事にあぶれた休業状態になっているわけである。そこへ他の企業からの誘いがあった場合,生き残りの為にまず間違いなくその誘いに乗ることになるだろう。(*14)そして,自分たちが開発を行っていた「MS-04という新兵器」に対して,さらなる研究を行いたいという希望を持っていたメーカーならばなおのこと誘いに乗った可能性は高いのである。
 無論,下請メーカー側に対するジオニック社の守秘義務のような物はあったはずである。だが,<資料[4]>での記述をみるに,MS-04の建造はきわめて極秘に進められていたため,おそらく特許等は軍が管理しており,それが最終的に軍の利益になるならば問題にされないであろう点,そして何よりもジオニックに見捨てられた企業のジオニックに対する復讐心の様な物が他の企業に協力を行う(この時点で下請側は特許等の問題点はある程度知っているわけであるから,似た技術クリアする方法なども考案していたかもしれない)といった姿勢をとらせたとしても不思議ではない(*15)。

 筆者としてはこういった「MS-04開発に従事した企業」の持っていたノウハウがツィマット社のMS開発技術の基幹部分となったのではないかと想定しているのである。そして,これら吸収された企業が持っていた技術を元に建造されたのがツィマット社製MSだと考えると,極めて初期段階でツィマット社がMSを建造できた点については,充分納得できるのである(*16)。

 こうして開発されたMSは,開発元となったMS-04よりも優れたMSであるとの意味合いを込めてEMS-04(Extended Mobil Suit - 04)という社内コードを与えられ,軍にプレゼンテーションされることとなった(*17)。そして,既にジオニック社が開発を進めていたMS-04の量産モデルであるMS-05と採用コンペが行われることになった。そこでEMS-04は爆散事故を起こし,MS-05が採用されることとなったのである(*18)。この結果,EMS-04自体は採用されることはなかったが,土星エンジンの高加速度性などツィマット社が投入した新技術が,軍から一定の評価を受けた物と思われる(*19)。そして,この技術力の評価によってツィマット社もまたMS-05のライセンス生産に参入できる機会を得たのではないだろうか。
 この結果は,技術者としては納得がいかないが,会社としては想定通りの結果である(*20)。その結果,ツィマット社はMS-05,MS-06,MS-07と立て続けにライセンス生産に参入できたのである。そして,ライセンス生産によってMS建造(設計)の技術を向上させていくことが可能となった。また,軍から発注されたMSM-02の建造で高出力兵器を搭載したMSの建造のテストもクリアすることができた。(これも軍に対するツィマット社の評価アップに繋がってであろうことは想像するに難くない。)
 こうした実績を積み上げたことで,いよいよMS-07C-5で,再び独自MSの開発に取り組むのである。

ツィマット系MSの型式について

 ツィマット系のMSは,EMS-04を始祖とすることは既に述べた。そして,このEMS-04が如何にして「04」というナンバーを与えられたかについても先に述べている。では,資料[5]に記録される「EMS-10」というナンバーはどのようにして与えられたのだろうか。実は,これについてもこれまでの論説と同様に考えることができる。いくつかの事例を挙げながら,本項ではまとめていきたい。

 ツィマット社のMS製造は,先に提示したEMS-04が初であることは間違いないだろう。そして,これ以降,MS-05,MS-06,MS-07とライセンス生産が行われており,MS-09で独自の機体の量産を行っている。その後,一年戦争後期にかけて,MS-X10で次期主力MSコンペティションに参加,それ以降は,ペズン計画に参加したスタッフを除けば,EMS-10やYMS-15が建造されたことが公式な記録として残るだけである。しかし,当時の時勢から考えるにMS-14のライセンス生産を行っていたことは間違いない(*21)。つまり,ツィマット社はほとんどの量産MSの生産に関与しているのである。

 これを示すひとつの例として,MS-05Bがある。MS-05Bは,ジオニック社だけではなく,MIP社やツィマット社などがライセンス生産を行っていることは記録として既に確認されている。(<資料[4]>他)
 これらMS-05Bには型式に現れない派生型が存在している(*22)。こういった「型式に現れない」派生型は,各モジュールのシリアルナンバーや搭載熱核反応炉の型式などで区別されている(若干の形状相違もあるとされる)わけであるが,これらモジュール群が様々な形で選択されていても「MS-05B」という型式には影響を与えていない,すなわち,MS-05Bという型式は,ライセンス生産の機体を含めた総体的な型式番号として登録されたものであり,大きなロット変更があれば型式に影響を与えるということなのであろう。
 つまり,これらの派生型は,生産工場(あるいは生産企業)による差異と考えた方がしっくりくるのである。要するにMIP社製MS-05Bとツィマット社製MS-05Bではジオニック社製MS-05Bと若干の差異があった,と考えた方が無難であると言うことなのだ。このそれぞれの機体に生産工場ごとのロットナンバーなりモデルナンバーが与えられていたとしたら,軍での認識はMS-05Bであるだろうが,実際にはMS-05B(model.MIP-2)などといった扱い(*23)ではないだろうか。

 一方,これに対してそれぞれの社内でもモデルごとのナンバーを与えている可能性は十分あり得る。つまり,MS-05Bの自社モデルという形でのナンバーを与えている可能性は高いのである。そういった意味では,ツィマット系MSであるEMS-04を始祖とする表記方法が,ツィマット社内にあっても何ら問題は無いかと思われるのだ。そう,例えばMS-05のライセンス生産機をツィマット社内ではEMS-05と扱っていたのではないだろうか(*24)。このように考えると,ライセンス生産をしていた機体にも社内ナンバーを与えていたとして,次ページのような状態になる。

 EMS-04:ヅダ
 EMS-05:ザク
 EMS-06:ザク
 EMS-07:グフ
 EMS-08:高機動試験機
 EMS-09:ドム(*25)
 EMS-10:ヅダ / ドワッジ / ギャン(後述)
 EMS-11:アクト・ザク
 EMS-12:ギガン
 EMS-13:ガッシャ
 EMS-14:ゲルググ
 EMS-15:ギャン
 EMS-16:MS-X16計画機
 EMS-17:ガルバルディ

 EMSM-02:水中実験機
 EMSM-03:ゴッグ

 どうだろうか,おもしろいように番号が埋まっているのである(*26)。「後述」としたナンバー10についても実のところ,解決案が無いわけではない。
 ナンバー10には,ヅダ,ドワッジ,ギャンの3機種が重なっているが,ドワッジは,ペズン計画機であっても,ツィマット社内においてはMS-09系として対処可能である。実際,ドム系のアドバンスドプランを「ドワッジ」又は「ドワス」と呼称するという資料も存在しており,ツィマット社系の呼称である可能性が高い。また,ドワッジもペズン計画に際してMS-10という型式を拝領したに過ぎない機体であり,逆に言えば,元々はMS-09系として開発されていた機体であると考えてもなんら問題はないのである。

 一方,ギャンとヅダについては,全く関連が無いわけではないと解釈できる。これはMS-X10(*27)というプラン段階(この段階での機体名は「ハクジ」だったとも言われる)でのギャンの形態形状などの情報が全く明らかになっていない点がポイントである。つまり,初期のコンペティション段階では実機が存在しなかった可能性があるのだ。
 実は,これを証明するかのような資料が近年様々な形で発見されている。
 つまり,MS-X10との競作機であったYMS-11(*28)という機体は,実際にはMS-06R-3 ザク靴評価試験に用いられた,という説が見受けられるようになったのである。

 逆に言えば,MS-X10も実際に建造された(後の)YMS-15そのものではなく,同じコンセプトで実現した試作機が投入されていたとしても,なんら不都合はないのだ。また,当初から出来レースとまで言われているこのコンペティションでMS-11の完成が遅れたからこそMS-09Rが採用されたという記録もあり,それだけに極めて初期段階で,コンペティションが行われており,双方とも実機が用意できていなかったという考え方に至るのは,なんら問題ないだろう。(*29)

 すなわち,筆者の想定としてはEMS-10とは,実際にはMS-X10でもあったのではないか,ということなのである。そう,ヅダこそがギャンのコンペティション用プロトタイプであった可能性も否定は出来ないと言うことなのである。(*30)

 以上のように,EMSナンバーとはツィマット系MSの社内ナンバーである可能性について論じたわけであるが,この内容についてはこれからも新事実が発覚するたびに修正を加えたいと考えている。

ツィマット系MSとペズン計画

 本論に入る前に次図をご覧になっていただきたい。

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 大まかな図で申し訳ないのだが,図は筆者が長年疑問に思っていたことを表したものである。左がMS-06系の足首を正面から見たもの,中央がMS-09系,右がYMS-15のものである。実は,これはメーカーごとのMSの意匠の一つであると考えられるのである。(ただし,水陸両用MSなど特殊用途機は除いている。)

 左側のMS-06系は,いわばジオニック系であり,MS-05,MS-07,MS-14に見られる意匠である。派生型の多くもこの形状を踏襲している。
 一方中央のMS-09系は,ツィマット社が開発したMS-09に見られる形状であり,センターのバルジ(出っ張り)が足首全体を覆う形になっている。
 右のYMS-15の足首は,こういったバルジは存在しない。実は,これに類する機体はMS-17が他にあるのみなのである。

 さて,このように列記するとちょっとした事実に気がつくだろう。つまり,ツィマット系MSは,ザク系から発展し,ドムを経由してギャンで独自系MSとして完成の域に達した,ということが言えるのである。
 このことを考慮した上で,ペズン計画におけるMS群を見てみよう。

 ペズン計画において開発が進められていたMSとしてMS-10(ドワッジ),MS-11(アクトザク),MS-12(ギガン),MS-13(ガッシャ),MS-17(ガルバルディ)が挙げられる。ここで注目して欲しいのは,足首の形状である。注視してみると,MS-10とMS-11はほぼ同型で,ライン的にはMS-09に近いラインである。MS-12は,元来MSM-07系からの発展であり,まさにそういった形状である。最後にMS-17だが,これは上で示したようにYMS-15と同じような形状になっているわけである。

 このことから,様々な事柄が推察可能である。元来ペズン計画とは,劣勢に立たされたジオン軍が起死回生の一手として,それぞれのMSメーカーの枠を超えた共同開発を行わせた物である。すなわち,それぞれの機体に各メーカーの意匠が混在していてもおかしくない状況であるのだ。そして先に挙げた足首の例を見るまでもなく,いずれの機体にもツィマット系MSの特徴が見られるのである。

 ペズン計画の代表的な機体であり,後に地球連邦軍に接収され,量産まで行われたMS-17ガルバルディをまずはベースに考えてみよう。一般的に見られるのは,「MS-17ガルバルディは,MS-14ゲルググとYMS-15ギャンの折衷案的な機体」という説明である。これは,平均的に高性能な汎用型であるMS-14にYMS-15の強力な近接戦闘能力と高い運動性(及び操縦性)を加えた物,と解釈することが可能である。
 さらに「YMS-14とYMS-15のコンペティションは,出来レースだった」という解説文を「(MS-06R-3からすぐにでも量産が可能な段階にあった)YMS-14と(EMS-10からの発展型としてすぐには量産できない状態にあった)YMS-15のコンペティションは出来レースであった」と考えると,上記の解説がさらに重みを増した物になる。
 一般的に,MS-14という機体は,ジオニック系MSの発展により完成したいわば「ジオンのガンダム」であるとされる。ところが,その基本的なフォーマットこそガンダム的(*31)ではあるが,システム面などはすべてこれまでのジオニック系MSの発展型に過ぎないのである。
 一方YMS-15は,ツィマット系MSの特徴である新技術がふんだんに使用された機体であった。特に連邦系MSの特徴であるフィールドモーターシステムとブロック構造を取り入れたMS(*32)であり,つまりは,「連邦のガンダムをジオンなりに再現した機体」といえるのが,このYMS-15なのだ。

 要するにこれらの機体は,厳密に言えばその成立過程が異なるのである。
 すなわち,既存の「ジオン系技術の発展版としてガンダムを超えることを目指した」ゲルググと,「連邦のガンダムをジオン的技術で再現した」ギャンという形で,方向性の違いは説明が可能なのである。

 顧みるにMS-17ガルバルディのデザインは,MS-14的意匠が存在するのだが,よくよくパーツ構成とそのパーツデザインに注視してみると,MS-14的意匠というよりも実はYMS-15的意匠であることがわかる。すなわち,外観イメージこそMS-14だが,実際の中身はYMS-15の発展系であることが推測できるのである(*33)。すなわち,MS-17とはツィマット系システムの機体であるといえるのだ。
 結果,次期MS選定コンペでは敗退したYMS-15であるが,ペズン計画においては,YMS-14との折衷案という形で日の目を見ることとなったといえるのである。

 さらに他の機体でも検証を進めてみよう。

 まずMS-10ドワッジであるが,この機体はMS-09のアップデート版と考えて間違いないだろう。すなわち,MS-09にツィマットの新しい技術,すなわちフィールドモーターシステムを投入した機体と考えるのである。

 MS-11アクトザクは,マグネットコーティングが行われた機体であるという設定が存在する。そもそもマグネットコーティング自体は連邦系技術であり,ジオン系の流体パルスモーターシステムに適合するかどうかは疑問である。この点から考えても,アクトザクも実はフィールドモーターシステムが(部分的にとはいえ)導入されていたとしても問題はない(*34)と思われる。
 つまり,アクトザクは,ザク系列のような名称であるが,実質的にツィマット系MSとも言えるのである。しかし,腰部,頭部の動力パイプなどジオニック系の意匠も残っていることから,アクトザク自体の開発はジオニック系技術者であるが,その開発においてツィマットから数多くの技術提供を受けていると考えるのが無難であろう。(簡単に言えば,既存のMS-06系生産技術と新型MS開発技術のハイブリッド機ということになる。)
 その後,この機体が連邦に接収され,少数生産されていることと,後にハイザックのベースとなったという説もあることから,この考え方は特に間違っているとは言えないだろう(*35)。

 さてここで注目してほしいのが,MS-11とMS-10の脚部構造である。(下図参照。右がMS-10,左がMS-11である。)パーツデザインの多少の差異はあるが,基本的なパーツ構成が同じであることに気がつくだろう。

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 特に足首については,MS-09的ラインであり,かつ接合部がボールジョイント風であるという共通点が存在する。基本的な開発メーカーが異なっていながら,全く同じ意匠を持つ部分が存在すると言うことは,その基礎設計部分が同じであると考えて間違いではないだろう。仮に設計者が異なったとしても同じ機能を持たせようとするとデザインが似てくる物でもある。

 つまり,この部分こそが「フィールドモーターシステム」ではないのだろうか?
 この考えは実に考察に都合のいい部分が多いことがわかる。MS-17は,YMS-15の発展機であり,新技術のフィールドモーターシステムを惜しげもなく投入した機体として設計されたものであるとすると,MS-11とMS-10は,既存のジオン軍MSにフィールドモーターシステムを導入した,いわば「既存の生産システムを流用した簡易量産対応の開発計画であった」ということがわかるのである。つまり,MS-17にはハイスペックな試作機的な技術を発展させたフルシステム(機体すべてがフィールドモーターシステム)のMSとしてプランニングされ,MS-10とMS-11は,部分的にスペックアップのためにフィールドモーターシステムを導入した簡易型,という扱いであったのではないだろうか。(*36)

 次にMS-12ギガンであるが,この機体は月面守備用の戦車型MSという扱いである。
 建造メーカーははっきりしない(一説によれば,スゥイネン社とも言われる)のだが,「ジオン版ガンタンク」という通称もあることから,ガンタンクをジオンが再現した物,程度の認識で十分かと思われる(*37)。

 MS-13ガッシャは,その外見の通り元々は水陸両用型MSであったズゴックタイプを発展させたMSとされる。月面守備隊に配備される予定だったという説と,リック・ドムとの同時運用を想定した突撃型MSであるとの説があり,一般的には後者の説が優位である(*38)。
 この機体は,ズゴックからの発展型とされる資料もあり,その点から考慮するに基本設計はMIP社であろうと思われる。MAの開発では先行していたメーカーではあるが,空間用MSの開発については後手に回っていたメーカーであるため,新規にMSを開発するよりも「ズゴックの開発ラインを流用できる空間戦闘用MS」を開発することが主眼であったと思われる。

 さて,このようにペズン計画のMSを見てきたわけであるが,中心となる機体はいずれもツィマット系システムが中核を占めていることがわかるのである。
 つまり,ジオニックは生産設備こそ大きかった物のMS開発においては,ツィマット社に先を越された状態になりつつあったということである。これは,ツィマット社の先見の妙であり,ジオニックの保守的体質がこの事態を招いたといっていいだろう。(*39)

一年戦争後のツィマット社

 一年戦争終戦後は,様々な戦後処理が行われているが,その中でも大きかったのは,ジオニック社の解体であろう。ジオニック社というジオン公国を代表するMSメーカーは,様々な思惑(*40)から解体されることになった。

 その多くの部門はアナハイム・エレクトロニクスに吸収され,その他の部門もバラバラになってしまった。これは,ジオニック社が「大きすぎた」ことにもその理由があったと言える。すなわち,一年戦争を引き起こすきっかけとなったモビルスーツ「ザク」を生み出した「ジオニックという名前」を残すことが嫌われたのである。

 この結果,ツィマット社がジオン共和国全体の技術関連を扱う企業となってしまった。すなわち,結果的にではあるが,名実共に「ジオン随一の企業」となったのである。この点からいっても,一年戦争直前〜一年戦争期において,最も野心に満ちた企業活動を行ったのがツィマット社と言えるだろう。



 註釈

 本文中の注釈である。
 記述スタンスは,基本的に「執筆者の視点」ではなく,「(我々)編集者/閲覧者の視点」で行われている。

(*1)

 MS-IGLOOでは,MS-05の採用に際して,EMS-04とコンペティションを行ったとされている。また,Developersでは,MS-05のOEM生産に当初からツィマット社が参入していることが示されている。
 後もってまとめているが,こういった資料が出て来たのは実は比較的最近のことなのである。

(*2)

 一般的に2番手メーカーというものは,トップシェアが取れないが故に,トップシェアのメーカーの狭間を付いた製品開発を行うという特徴がある。そして,その狭間の分野で,主たるユーザーから支持を受けない限り,特定のユーザーから支持されるだけのメーカーで終わってしまうのである。(後述のコラム(2)参照。)
 また,主たるユーザーからの支持を受けた製品を生み出しても,その利益で「次の主たるユーザーから支持を得る製品」を生み出さない限り,その「支持を得た部分」を取り込んだ元のトップシェアメーカーによって,再び2番手メーカーに追い落とされてしまうのである。これは,ほぼ全ての分野に言えることであり,特定分野のトップシェアメーカーがなかなか変わらないのは,こういった理由からである。

(*3)

 繰り返しになるが,注釈(*2)と同じ意味である。

(*4)

 MS-05という型式番号が最初から登録されていたとしたら,実際のところ出来レース以外の何者でもない。しかし,ツィマット社が如何にしてMS採用現場に食い込もうとしていたかを逆に考えると,当初からMS-05ザクの採用は規定事項であっておかしくないと言えるだろう。

(*5)

 ただし,後述するが「特定機能においては」採用するだけの価値のある機体であるともいえる。
 開戦当初は,大量生産機としてのMS-05,MS-06の有意性は動かないことは明白である。
 しかし,後に開花するMS-09のように「特定環境での限定運用」が前提となると,EMS-04から始まるツィマット社製MSは,大きなアドバンテージを持っていることがわかるだろう。

(*6)

 これに関しては,明確な資料がないとも言えるのだが,MS-05からの移行参入と考えれば問題ないだろう。

(*7)

 ちなみに,テストは北米で行われていたが,本来MS-07C系列はヨーロッパやアジア戦線向けの機体である。それをキャリフォルニアでテストしていたのは,大規模な生産開発施設がキャリフォルニアにしかなかったため,とも考えられる。
 ここでポイントとなるのは,北米で用いられたMS-07B系列ではなく,C系列が用いられた,という点である。一説にあるMS-07C系列は,ツィマット社のライセンス生産機のバリエーションではないか,という説を補強しているようにも受け取れるのだ。

(*8)

 MSVの各種資料の中には,そういった記述のある資料もある。

(*9)

 可能性の問題ではあるが,キャリフォルニアやグラナダで生産されたとおぼしき機体も存在することから,MS-09に関しては,他のメーカーがOEM生産していた可能性も否定できない。

(*10)

 ただし,企業規模の面では,ツィマット社がジオニック社にかなうはずはなく,あくまでMS開発という限られたフィールドにおいてである。

(*11)

 これは別項「ペズン計画」を参照のこと。

(*12)

 補足ながら,厳密には「参加していたかどうか,記録がない」というのが実情である。実際,他のメーカーが参加したという記録は,現時点では確認できない為,ジオニックとMIPの2社によるコンペという形で総論は進めている。

(*13) 買収と合併

 買収と合併は厳密には異なっている。
前者は金に物を言わせた敵対的行為に近いが,合併の場合,双方がそれなりの条件を詰めた段階で行う物である。
 ただし,買収といいながらも実質的には吸収合併の事例,また逆に吸収合併といいながらも実質的に買収の事例もあるので注意が必要である。

(*14)

 これはあくまでホシオカを参考にした想定であり,実際にそのような記述はない。
 しかし,仮にホシオカに対してMIPなどの他のメーカーから誘いがあった場合はどうなっていただろうか。おそらく仕事を引き受けていたと思われる。

(*15)

 実は,実際の家電業界でも似たような事例はある。これがきっかけでデファクトスタンダードをとれなかったある有名企業があるのである。
 VTRの特許として提出されたβ方式は,性能は高いが,生産コストの高さと技術的難易度,そして何よりもSONYが持つ特許が壁になっていた。これに対して,VHSは開発時に規格そのものをオープンとし,特許料を発生させなかった。(録画方式に関しても,βと類似するが,特許面はクリアしているという大きなポイントがある。)
 開発した企業(ビクター)は,家電大手の松下電器(現パナソニック)を巻き込んで,ただでさえパーツ面で低コストだったVHS方式の量産による低価格化を押し進めたのである。
 この結果,β方式が破れ消えていったのは既知の通りである。

(*16)

 むろん,元々ツィマット社がそれなりの技術,たとえばワークスーツの建造実績などが無ければMS生産は不可能であるが,そういった点はツィマット社が総合メーカーへと後に発展していることからも,元々素地としてはもっていたのであろう。

(*17)

 EMS-04の解釈については,本サイトオリジナルの物であるため,注意してほしい。また,この場合,EMS-05アッグの存在は考慮していない。型式番号のコードは同じであるが,実際には別のコードであるという認識の元に記述しているのである。
 すなわち,EMS-04は,元々ツィマット社の社内コードであり,特務MSに与えられたEMS-05は,軍コードであり,両者の意味が異なるということである。

(*18)

 「MS-IGLOO劇中の表現を借りれば」である。しかし実質的には出来レースだろう。というのも,本来MS-04は,MS-05のプロトタイプであり,後のYMSナンバーの機体と意味合い的にはほとんど同じ物である。つまり,量産が行われるモデルと,あくまで試作機(実験機レベルであるとも言えるが)とのコンペティションなど,本来ならば考えにくいことである。

(*19)

 当然ながら,「一定の」であり,「開発を任されるだけの」評価ではなかった物と思われる。それについては,MS-IGLOO劇中の台詞のニュアンスから想定できる。

(*20)

 むろんEMS-04が採用されていたとしたら,ツィマット社としても万々歳であろうが,だが,どうもIGLOOのコミック版でのEMS-10の扱いからすると,当初からゴーストファイター的なニュアンスでEMS-04は仕上げられた物で,ツィマット社の本心が軍需への食い込みにあったようにしか見えない。
 実のところ,MS-14の採用においても,社は納得済みだったという説も多いことから,当初からツィマット社の方針がそうであった可能性は高い。
 つまり,「会社としての事業受注」が基本路線であり,開発の前面に立とうとしていた,というニュアンスは受け取れないのである。この点は,「事業規模に応じた企業活動を行っていた上層部」と,「ジオニック製MSを上回る機体を開発しようとしていた技術者」という構図が見える。これは,MS-IGLOOにおけるデュバル少佐の拘りが,実際に「ジオニックに対する怨嗟」のように見えるのは,筆者の論説である「ジオニックに切り捨てられたメーカー」という部分を説明するのに都合がいいと思われるが……

(*21)

 MSVなどの記述に「稼働できる工場はすべてMS-14の生産に切り替えられた」との表現があるため,このように判断した。

(*22)

 マスターグレードのランバ・ラル仕様のMS-05Bのインストに記述があるのだが,ジェネレータや装甲形状などでかなりのバリエーションが存在している。
 少なくともMS-05の建造期間中にジェネレーターだけでも8種類が存在しているのである。

(*23)

 これはあくまで提示であり,実際にはこのような表記はない。
 だが,マスターグレードのMS-05B等を見るとわかるように,ボディモジュールなどにシリアルが振られていることを考えるとあながち間違いではないと思われる。また,近年ではUC HARD GRAPHにおける陸戦型ザクにMS-06JeとJ型のサブタイプナンバーが設定されており,これもまたそういった意味合いのものではないかと筆者は想定している。

(*24)

 このEMS-05以降の暫定ナンバーは,すべて筆者の創作である。これは先に述べたようにEMS-05アッグが軍による特務MSとしてのナンバーであり,当初からツィマット社製の機体ではないという想定のもとで行われている。
 アッグがツィマット社製MSであったならば少々趣は変わってくるのだが,現段階でアッグをツィマット社製のMSとする資料は少なく,そのほとんどがEMS-04に続くナンバーであることからの推察に過ぎず,「EMSナンバーがジオン軍の特務MSに与えられる」というMSV当時の設定をスルーしている点から,筆者はこのアッグ=ツィマット社製という流れには敢えて反対の立場を取る。

(*25)

 実は,EMS-09=YMS-09とするとMS-09をEMS-09Bと考えることが出来る。
 つまりはMS-09Hドワッジ改のインストのドムB型の記述が肯定できるのだ。

(*26)

 水中実験機に関しては,他の水中型MSの製造元の確定する資料が現在少ないことがあり,暫定的な面は逃れられないが,一般的なMSについては,ほぼ収まっているような感じである。

(*27)

 このナンバーは,アニメックで当初設定されたナンバーである。この名残がゲルググのMS-11であり,双方とも考察分野ではよく活用される。

(*28)

 これは筆者の想定ナンバー。

(*29)

 MS-11の開発が遅れていたため,MS-09Rが採用されたのは紛れもない事実である。
 となれば,「いつ延期が決定したか」というのは意外に重要な事実であるが,残念ながらこれを明確に示した資料はない。逆に言えば,MS-11が完成しなかったのに何故コンペティションが行われたのか,という疑問点も提示できるのだ。
 つまり,次世代MSの「コンセプトの」コンペティションであり,それに至る試作機が評価された可能性は高いだろう。

(*30)

 要するに,画稿が存在しないことを逆手にとった,「MS-X10は,EMS-10とのダブルネーム」という強引な解釈である。実のところ,ギャンとヅダのコンセプト面での違いは,ビーム兵器のみと言っても過言ではない。ギャンは圧倒的な機動力で白兵戦を挑む機体であり,ヅダは圧倒的な機動力での一撃離脱が目的なのである。
 運用の方法論が異なっているのは,機体特性に合わせた形での変更ではないかと筆者は考えている。実際ヅダは,リミットさえ超えなければ極めて高い機動力を発揮する機体なのである。

(*31)

 より厳密に言えば,「高性能なジム」といった方が正確ではある。

(*32)

 これは,元々はMS天国のアミーゴ氏の発想が発端となった物であるが,今日ではかなりのレベルで受け入れられている説である。筆者としても特に異論が無く,またどちらかといえば本論に都合がいいため積極的に採用している。
 なお,マスターグレードのインストラクションでは,フィールドモーターという言葉は使われていないが,新技術として「流体パルスアクセラレータ」が登場している。筆者的には,これこそがジオン版フィールドモーターのプロトタイプだと想定している。

(*33)

 ここで論理が飛躍するのだが,MS-17が「ジオンの技術で再現したガンダム」であるならば,他にも都合のいい設定があるのだ。つまり,RMS-117ガルバルディβがそれである。

RMS-117は,各部の整理のみで,ほぼ原型機のまま連邦によって量産が行われている。これは,RMS-106などとは全く違った理由からだと思われるのだ。すなわち,基本システムが連邦系に近いフィールドモーターシステムであったから少々の改修で十分実戦対応可能な機体であったことの証明とも言えるのである。

(*34)

 これもアミーゴ氏の発想が発端である。
 現在主流の考え方であり,採用することに問題ないだろう。

(*35)

 これを間違っていないと言い切れる理由の一つが,ハイザックが連邦系とジオン系の技術のハイブリッド機であるという設定である。すなわち,連邦系の技術=ツィマット系と置き換えると双方の技術の相の子として誕生したのがMS-11であるという考え方でよいことになる。
 ほぼすべてが,ツィマット系の技術で設計されていたならば,RMS-106もさらに連邦よりの機体(いわばRMS-108のような)になっていたとしてもおかしくないのである。

(*36)

 これは一つの計画で複数の主力機を開発することはまずあり得ないという考え方にも合致する。つまり,どう考えても主力であるMS-17のシェアをMS-10やMS-11が食いつぶすわけはないのである。ならば,大量生産可能な簡易生産型としてプランニングされていると考えるのが最も現実的な考え方であろう。そうすると,MS-10はMS-09Rの生産ラインを転換しやすい機体,MS-11はMS-06の生産ラインを転換しやすい機体,そしてMS-17はMS-14の生産ラインを転換しやすい機体と考えることできれいに収まるのである。
 ただし,実質的にMS-17はMS-15の後継であることからもいきなり対象生産に移ることは難しいと考えられる。そのためのMS-10とMS-11とも言えるのである。

(*37)

 実際地上ではガンタンクに結構痛い目にあわされているわけであるから,フォーマット的に参考にした可能性はなきにしもあらず,といったレベルであろう。また,簡易型MSという面では,学徒兵など練度の低い兵士の機体として都合がよかったという側面もあったであろう。

(*38)

 これは前者が富野メモ,後者がMS-Xにおける設定である。なお,ガッシャに関しては,MIP社でもう一度取り上げる。

(*39)

 さらに蛇足なのだが,後にジオニック系技術者/工場を吸収したアナハイムが開発したMSは,当初こそRMS-106やRMS-108であるが,後のエゥーゴの主力になる機体はいずれも連邦系技術の発展である。
 特にエゥーゴに提供したRMS-099は,ほとんど連邦系技術を導入できないであろう時期に建造された割にはムーバブルフレームを採用するなど先進的である。機体形状もMS-09Rの発展的な機体であり,実際MS-09Sがベースとも言われており,開発がツィマット系技術者であったことは間違いないと思われる。
 ちなみにRMS-099の足首はMS-17の形状に酷似している(笑)

(*40)

 まず一つ考えられるのは,連邦軍によるジオニック系技術者の囲い込みだろう。
 (*39)で示したように,ジオニック社の施設類を吸収したアナハイム社であっても,ジオニック系MSの純然たる後継機種は生み出していない。どちらかといえば,こういったジオニック系MSの後継は後のアクシズで誕生しており,この辺からもジオニック社系技術者の多くが,アクシズに逃れたか,連邦系の研究所に囲い込まれたか,といった事例が考えられるのである。
 実際,F.M.Sにはアクシズへと逃れようとする技術者の描写もあることから,単なる解体というよりも「崩壊」といった方が適当かも知れない。

※追記
 蛇足ながら,本節におけるメーカー名の表記がVer.2008/10/10より全面的にツィマッドからツィマットに変更されている。これは,MS-IGLOOにおいて,読みが確定したための措置である。


 資料

  • 資料[4]:Developers
  • 資料[5]:MS-IGLOO 一年戦争秘録 / 黙示録0079

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最終更新時間:2011年08月15日 17時29分42秒

脚注