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考察:Laboratory Report/第1章 宇宙世紀概要(4)

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第1章 宇宙世紀概要


 1979年に放映が始まったテレビアニメーション「機動戦士ガンダム(以下,ファーストガンダム)」は,日本におけるアニメーション史上に画期的な作品の一つとなった。それには様々な理由があるが,いずれの理由も「ガンダムがヒットした理由」にはなり得るであろう。

 逆に言えば,こういった様々な理由が複合的に重なった結果,「ガンダム」という作品は今日まで続く長期シリーズとなったと言えるだろう。本章では,最初に放映されたファーストガンダムが用いていた架空の暦「宇宙世紀」に関して時代ごとの概要をまとめている。

 なお,以降の本文と註釈で執筆のスタンスが違うので注意していただきたい。(本文は,宇宙世紀の遙か未来に生きる人間として,注釈は我々「ガンダムという作品を見ている者」としてのスタンスでまとめている。)

概要は,PDF版では章頭にのみ記載されるが,Wiki項目では説明の為に各小節ごとに掲載している。

 1-4 宇宙思想の誕生とジオン公国の誕生


 コロニーの建造にあわせて,地球から宇宙への移民も加速度的に進められた。宇宙世紀16年には,連邦政府によって「フロンティア開発移民移送局」が設立され,連邦政府の主導の下,宇宙への移民が積極的に行われるようになった。しかし,このフロンティア開発移民移送局による宇宙移民推進は,事実上連邦政府による強制移民の形となっており,棄民政策の一環と受け取られ,さらなる宇宙移民反対の運動がまきおこった。
 これに対して,連邦政府は軍部による鎮圧を行い,紛争問題は解決したと発表(*1)している。しかし,これはあくまで連邦政府による発表に過ぎず,対立の火種は残ったままであった。そのため,連邦政府はフロンティア開発移民移送局を民営化し,宇宙引っ越し事業団として政府主導という形を終わらせ,さらにNGOとしての「宇宙引越公社」へと再編した。(*2)

 しかしながら,移民反対の立場をとる組織は「政府による棄民政策」との立場を崩さず,強硬な反対を続けていた。このため,表向きは紛争は終息したといいながらも,軍部による反連邦活動への抑圧は続いていたのである。

 この間も宇宙移民の流れは止まらず,宇宙世紀40年には総人口の40%の宇宙移民が完了し,同50年にはほぼ9割の人類が宇宙へ移民を完了していた。この時点で,多くの人類にとって「コロニーこそが故郷」という思想土壌ができつつあった。つまり,地球から移民した第1世代の人々の子や孫の世代が到達しようとしていたのである。移民第2世代,第3世代にとっては,すでに地球は見知らぬ土地であり,(言葉は悪いのだが)あの狭いコロニーこそが故郷なのである。
 移民第2世代や第3世代にとっては,「地球」とは人類発祥の地,という認識のみが残るだけとなりつつあったのである。こうした思想土壌から,地球を聖地と見なす「エレズム(*3)」と呼ばれる思想が宇宙移民者に広がっていく。

 こうして宇宙居住者が人類の9割に達する状況でありながら,その一方で移民政策を進めた連邦政府の高官の多くは地球に残るという状況であった。地球では,まさに連邦政府による「棄民政策」あるいは「選別主義」がまかり通った状態になっていたのである。このような背景もあってか,ジオン・ズム・ダイクン(以降,ジオン・ダイクンとする)は,人類は全て宇宙に居住し,地球は自然に任せるべきだという「コントリズム」を提唱(*4),これを実戦するため宇宙世紀52年に自らサイド3に移住した。

 このジオン・ダイクンの提唱したコントリズムは,宇宙生活者に根付いてきたエレズムの思想と融合し,「ジオニズム」としてさらに定着していった。
 結果的に,それまで自然発生的に広がりつつあったエレズム思想が「ジオン・ダイクンという個人の提唱」の形にすり替わってしまい,彼を中心とした思想活動から政治活動へとシフトしていくこととなってしまったのである。この結果,サイド3は図らずもジオニズムの聖地といった様相を呈することとなる。
 今となっては確認する術はないが,この流れはジオン・ダイクンにとっても本意ではなかったのではないだろうか。彼が提唱したのは,あくまで「地球を人類の手から開放する」という主張のみである。しかし,この考え方は「地球にしがみつく」連邦政府の高官たちに対する批難へとすり替わっていった。こうして,サイド3では,地球連邦政府からの独立運動へと姿を変えていくこととなる。

 宇宙世紀58年。サイド3は,ジオニズム提唱者(*5),ジオン・ダイクンを中心とした「ジオン共和国」として地球連邦政府に独立を宣言した。だが,本来は人類の統一国家たる組織として誕生した地球連邦に対して,まったくの新興国家としてスペースコロニー(サイド)が独立を宣言したのである。連邦としてはこれは許されざる宣言である。また,ジオン共和国は,独立宣言に合わせて「国防隊」を組織していた。これは,連邦政府にしてみれば,容認しがたい事実であった。

 翌59年には,連邦政府による経済制裁がジオン共和国に行われることとなった。物資や人員のサイド3への移送制限などが行われたが,基本的にコロニーは閉鎖系の経済体系であるため,経済制裁がいかほどの効果を上げたかについては,不明である。しかし,感情面で言えば連邦政府に対する不満はますます加速していったのである。
 連邦政府の対応だけではなく,連邦軍の軍備増強も経済制裁以後進められていく。60年の軍備増強計画に始まり,資源衛星であったルナツーの軍事基地化など,視線の先にはジオン共和国を想定したかのような軍拡が続けられたのである。
 これに対してジオン共和国でも61年に国防軍を国軍に昇格させ,よりいっそう「国家」としての体裁を強めていく。

 だが,その中心人物であったジオン・ダイクンは,こういった時代の流れには否定的な意見を述べていたとされている。これは,連邦とジオン共和国の間の経済的格差が底流にあると思われるが,既に連邦に対して敵対的な考え方を持っていた過激派(あえてこのように表現する)にとっては,納得のいくことではなかった。

 そして,宇宙世紀67年に連邦政府によってコロニーの自治権整備法案が廃案となると,反連邦勢力が一段と力を持ち,ついにはジオン・ダイクンを亡き者にしてしまう。(*6)実際の実行犯については明らかになっていないが,ジオン・ダイクンの死がザビ家一党の手の者による暗殺であったことは,当時の情勢から疑いようのない事実であろう。ザビ家当主,デギン・ソド・ザビは,連邦政府に対するジオン・ダイクンの対処を生ぬるいと感じていたとされており,彼は,連邦に対する強硬姿勢を貫くため,ジオンの名を利用しようとしたのであろう。(だが,彼の考えは結果的に彼の息子,すなわちギレン・ザビの暴走を生んでしまうのだが。)
 このことから,サイド3(ジオン共和国)ではジオン派とザビ派の間で混乱が続くこととなる。しかし,翌69年8月15日,ジオン派の排除に成功したザビ家は,当主デギンを公王とする公国制を宣言,改めて地球連邦政府との対決姿勢を明確にするのである。(*7)

 なお,このジオン共和国の建国宣言から,公国の独立宣言にかけての流れは,いくぶん政治的色合いの強さが原因であったとはいえる。この時点で,サイド側の経済的な側面などから言えば,実のところ,独立しても経済は立ちゆかない状況であったと想定できる。
 コロニーの持つこうした問題点が,一定の解決を見せるにはまだ時間が必要だったのである。


 註釈

 本文中の注釈である。
 記述スタンスは,基本的に「執筆者の視点」ではなく,「(我々)編集者/閲覧者の視点」で行われている。

(*1)

 宇宙世紀22年の「地球上からの紛争消滅宣言」がそれである。しかし,これは表向きの発表であったことは後の歴史が証明している。
 以降,地球連邦政府は,何度かこれに類する宣言を行っている。しかし,いずれの場合も社会情勢を取り繕った形が強く,実際の実情とはかけ離れたものが多かった。

(*2)

 前者が宇宙世紀30年,後者が同34年のことである。いったん民営化した組織をさらにNGOとして(しかも短期間で)再編していることからもこの事業があくまで連邦政府主導で行われていたことがわかる。
 結果的に,この「宇宙移民」という制度そのものが,当初の「フロンティアとしての移民」という理想論的な言葉だけであり,実際には地球からの(連邦政府にとって)気に入らない人類の排除,という形の「棄民政策」になってしまったのである。

(*3)

 エレズムとは,地球を聖地と見なす考え方のことである。
 この思想には,「人類発祥の地」という精神的な考えと,既に「移民」ではなく「宇宙で誕生」した人類の「あずかり知らぬ地への羨望」の双方が含まれているのだろう。
 実のところジオン・ダイクンが提唱したコントリズムの「地球を自然にまかせる」という発想とは本来は相容れないものであるはずなのである。
 しかしながら,その一面である「地球からすべての人類が宇宙へと居住地を移す」という面が,棄民政策を採っていた連邦の政策に対する不満と融合したのが,実際のジオニズムということも考えられる。

(*4)

 宇宙世紀44年のことである。
 エレズムの思想が宇宙生活者に根付いたのが宇宙世紀40年頃とされているため,こういった思想にジオン・ダイクンが影響された可能性は否定できない。

(*5)

 本来は,「コントリズム提唱者」である。
 この表記にした意図は後ほどジオン公国の項でまとめていく。

(*6)

 本文での表現は断定的であるが,公式には「暗殺の可能性が高い」という段階に過ぎない。この点には注意が必要である。
 機動戦士ガンダム劇中の描写でも,ザビ家が「手を下したと見える」ような描写やセリフは存在するが,それが「確定した事実」であるかについては,ぼかされているのだ。

(*7)

 この公王制を敷いたことが結果的にザビ家の独裁を生んだことは間違いない。仮に,ジオンの名を利用した共和制を継続し,ジオン派だけを排除した形で国家運営を行っていた場合,一年戦争への流れは変わっていた可能性は否定できない。
 だが,ザビ家,特にギレン・ザビの国政運営については,否定的な要素は少なく,そのアジテーションの上手さから国民には熱狂的なシンパも多かった。
 この点は,ガンダムエース掲載の「ギレン暗殺計画」を見るといいだろう。

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最終更新時間:2011年08月15日 17時16分36秒

脚注