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ジオン共和国

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ジオン共和国

 説明

 U.C.0058〜0069/08/15(ムンゾ自治共和国[1]
 U.C.0080/01/01〜U.C.0099/12/31(ジオン共和国)

 U.C.0058年に独立宣言したサイド3の国家。
 ジオン・ズム・ダイクンが提唱したコントリズムを実践するため,連邦政府と共存しつつ,サイドが最低限の自治権を獲得するための方便として,国家としての体裁をとったもの。当時,ジオン本人に連邦と対決する意志はなく,連邦が必要以上に持っていた許認可権や権益を,あくまでも話し合いによってサイドへ還元することを目的としていた。
 このため,統合国家としての地球連邦ではあったが,その中でもサイド3は,限定的な自治が認められた例外的状況となったのである[2]。(後述するが,実際には妥協の産物という側面は否定できないと思われる。)

 なお,近年の資料において,U.C.0058年の独立宣言時には「ムンゾ自治共和国」という名称であったことが確認されている。これが,ジオン・ダイクンの死後,「ジオン自治共和国」と変更され,さらにU.C.0069年の公国宣言によって「ジオン公国」と改められている。これにより,「ジオン」の名がサイド3独立において,ザビ家によって利用されたことがより明確になったともいうことができるだろう。

サイド3独立からダイクンの死去まで

 宇宙移民開始から既に半世紀を経過し,第2世代以降の人々が多くなってくると,地球連邦政府によるスペースコロニー統治に対する不満は抑えきれないものとなっていた。
 コロニーで生産された食料や物資は優先的に地球に送り込まれており,これはコロニー側からは搾取と受け取られていた。さらに治安維持の名目で駐留していた地球連邦軍の維持経費をも一部負担させられていたことは,コロニー側にとって搾取者のための費用負担と受け取られており,不満のひとつとなった。
 また,実質的な強制移民により地球居住者をエリートと見なす風潮が定まりつつあり,様々な面での格差が次第に問題視されるようになったのである。

 こうした時期であったU.C.0057年,サイド3に反連邦の論旨で注目を集める活動家が現れた。これが,ジオン・ダイクンである。
 ダイクンは,宇宙移民者の第2世代であり,自ら提唱したコントリズムを実践すべくサイド3へと移民した人物であった。彼の主張は,宇宙居住者は地球に暮らす人々を凌駕する形質を獲得することができるため,宇宙進出(宇宙移民)こそが人類が新たな進化の段階にあることの証左だと主張したのである。また,そのためにも地球は聖地化し,人類はこれ以上地球を汚染すべきではないと主張したのである。
 やがて,ダイクンの周りには,資金面での支援を行う資産家,社会的なアジテーションに協力する活動家,政治家やマスコミが次第に集まっていった。そして,スペースコロニーと経済的な利益を共有する地球側のロビイストや財界,政治家などを囲い込み,次々に要求を通す工作を推進していったのである。
 この結果,ついに限定的な自治政府を樹立することに成功したのである。

 だが,U.C.0058年の独立宣言は,自治領としてではなく,国家としての宣言として行われた。
 ダイクンらに連邦と対決する意思がなかったとしても,連邦側とすれば一方的な宣言に過ぎず,これが翌年からの経済制裁(バルド政策)を呼んだのだった。(なお,独立宣言後自治政府としての権限を一定範囲で認めているのは,おそらく連邦側の配慮で,一種のガス抜きを兼ねていたものと思われる。)
 また,その後のスペースノイドによる反連邦活動は,事実上,ムンゾを中心に引き起こされており,連邦政府側から見ると,極めて不条理とも感じられる状況であった。
 このため,様々な圧力が加えられたが,ダイクンの側近で実務に長けたメンバーによってムンゾ自治政府の政権運営は,なんとか成し遂げられたのである。

 だが,ダイクンはあくまでも思想家,アジテーターでしかなかった。
 ムンゾ自治政府における議長という立場ではあったが,実際に大きな影響力を持っていたのが,ダイクンの正妻ローゼルシアであった。ダイクンの思想をよく理解していた彼女が病気で一線を引くと,ムンゾ自治政府は即座に不安定化したのである。
 一方,ダイクンもまたローゼルシアを忌避し,アストライアとの生活に意義を見いだし,その間に子息が誕生したことで,ダイクン賛同者達はこれをダイクンの後継者と見なし,ローゼルシアの立場はないがしろにされていくこととなった。
 こうした状況故に,ダイクンの足場はもろく,結果的にこれが政争を呼ぶこととなった。ダイクンの側近と見なされていたデギン・ソド・ザビとジンバ・ラルの間に主導権争いが勃発したのである。

 元々政治的手腕に優れるデギンは,ジンバらラル派に対して優位にあった。だが,これを決定づけたのは,U.C.0068年のダイクンの死であった。
 ザビ家は,ジンバ・ラルを巧妙な情報操作で表舞台から追い落とすことに成功する。ダイクンの葬列が爆破され亡くなったザビ家の次男サスロの死をラル家による暗殺だと喧伝したのである。

 無論,ダイクンの死については諸説存在する。病死説,暗殺説様々な形で存在するが,少なくともこの死によって,ムンゾ共和国は,ダイクンの名を冠する新たな国家として進むべき道を見いだしたことは間違いないのである。

ダイクン死去から公国へ

 U.C.0068年,ジオン・ダイクンの死去に伴い,その功績を持ってムンゾ自治共和国は,ジオン自治共和国と名を改める。
 元々ダイクンが率いていたジオン党は,実質的にザビ家による運営に近い状況であった。このコネクションは,ザビ家が共和国のトップに上り詰めるために有効に働いたのである。

 デギンの子息は,それぞれ政治的に長けた人物であった。(ただし,四男ガルマは,この当時まだ11歳の少年である。)
 それぞれが,ザビ家のためにその力を発揮したのである。
 この結果,ムンゾ民衆は,巧妙なアジテーションにより,自らが新たな国体を選択したかのように錯覚させることで,ジオン自治共和国を「ジオン公国」へと変貌させたのだった。(ジオン公国成立から,一年戦争当時の状況においては,「ジオン公国」を参照のこと。)

一年戦争終戦後のジオン共和国

 ジオン公国となったサイド3は,ギレン・ザビの主導のもとで,地球連邦政府との対立をさらに加速させていくこととなり,一年戦争を引き起こした。
 だが,デギン・ザビが裏で行っていた和平工作が実を結び,結果的に当時の首相の下,(事実上の)クーデターでジオン共和国として再興している。

 しかし,一年戦争の終戦協定を地球連邦と結んだため「ジオン公国軍」の大半は傀儡政権と見なして従わなかった。これが,事実上その後の戦乱の原因であり,共和国が,軍部を掌握できていたら後の戦乱の大半はなかったと思われる。

 一年戦争終戦後は独立国として形上は存在したが,事実上連邦の属国となっていた。
 無論,状況としては,自治共和国時代とほとんど変わりないものであったが,時により苛烈な状況におかれることもあった。
 グリプス戦役時には,ティターンズの圧力でティターンズ側戦力として派兵している。この際,戦力をそがれているが,エゥーゴの政権奪取とともに連邦軍に協力,その立場は維持されたようである。
 また,アクシズが帰還し,連邦政府によってサイド3がアクシズ(ネオ・ジオン)に割譲されると,一時的にネオ・ジオン政府による統治となっている。だが,ハマーン・カーンによるネオ・ジオンをジオンの正当な系譜と見なさなかったサイド3は,第1次ネオ・ジオン戦争後は,ジオン共和国としての政体が継続していたとして再び自治を継続している。
 この時代になると,地球連邦の弱体化も始まっており,シャアが勃興したネオ・ジオンを正当なジオン後継と見なし,その後のネオ・ジオン残党を含めて裏で協力している。

 だが,ラプラス戦争後のクーデターに連邦軍に介入を要請し,それが元で自治能力を喪失していた共和国はU.C.0100年を持って施政権を連邦に譲り渡し,独立国家の建前すら失われることとなった。

ダイクンの主張と政治

 ダイクンが行っていた主張(コントリズム)は,地球圏全体の行く末を考慮した場合,非常に意義のある提唱であったと思われるが,実際には,アースノイドの対する不満を燻らせるスペースノイドにとって都合の良い部分が強調されていくこととなる。
 実際,彼の主張は理想論に過ぎず,その着地点は見えるものではなかった[3]
 連邦政府の主張に対する「根拠有る議論」を行うにはある意味稚拙すぎたのである。

 ダイクンはまた,スペースノイドの優位を説くイデオロギーと反連邦政策によって,対アースノイドの論戦を展開し,ムンゾの国民感情を大いに刺激した。(これについては諸説有るが,近年はダイクンというアジテーターの引き起こした自らの主張の正当化がきっかけと考えられるようになった。)
 つまり,妥協点を探るのではなく,あくまでも対立を選択したのである。
 この結果,批難の矛先を向けられた連邦政府との軋轢は日々強まっていったのである。

 こうした対立を治めるための政治力がダイクンには欠けていたと言わざるを得ない。結果的に,その点がダイクン死後のムンゾの行く末を決定づけたといっても過言ではないだろう。

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最終更新時間:2015年03月14日 23時07分33秒

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脚注

  • [1]オリジンにおいて設定された。
  • [2]非公式作品ではあるが,アウターガンダムでは旧来の国家の影響力が残っている,という状況が描かれており,その点で言えば自治を認める,という状況はあり得たともいえる。
  • [3]故に,シャアのアクシズ落としは,この理念が尖鋭化したものだと考えると非常にわかりやすくなる。