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ガンプラ雑記

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ガンプラ雑記

  • [参考]

 概要

 ここでは,ガンプラの商品展開について筆者が様々な視点から感じたことをまとめてあります。
 内容におけるデータの抜粋は,HobbyJapanなどの模型誌記事及びガンプラジェネレーション等からです。その他は個人的にまとめた物です。(特にZZ以降は,かなり主観的にまとまっている部分もあるので,注意してください。)
 一部記憶で書いてますので,誤りがあると思います。それらは掲示板で指摘して頂ければ幸いです。

 この項目は,ルロイさんのサイト,MS.Classify(執筆当時は「エム・エス」)のコラムに触発され,以前作成してあった物をバージョンアップした物です。
 ルロイさんのサイトも必要にあわせてご覧ください。


 1.ガンプラの誕生

 本Wiki別項の余録にもまとめているが,現在ガンプラを生産しているバンダイは,もともと「機動戦士ガンダム」のスポンサーではなかった。
 当時の「ロボットアニメ」は玩具メーカーが主導でスポンサードするのがあたりまえで,(玩具部門を取得してはいたが)プラモデルメーカーとしてのバンダイ模型(当時)としてはスポンサーとしては参加していなかったのである。(ちなみに,バンダイの玩具部門の代名詞として有名な超合金やポピニカは元来「ポピー」というメーカーのもので,バンダイと合併した結果バンダイの商標になっているのである。蛇足ながら,バンダイの超合金でガンダムが出なかった理由はこの辺にあり,結果「超合金ガンダム」が出るのに25年もかかってしまったのである。)

 バンダイ模型は,それまでもキャラクター物をキット化していたが他のメーカーと異なる点があった。それは,他メーカーがゼンマイ動力などを使用したキットやオリジナル物を製造していた時代から,ディスプレイモデルによるキャラクターモデルも開発していた点である。
 その様な経緯から,1980年第2四半期頃だったと思うが,「バンダイ模型がガンダムの商品化権を獲得」のニュースが流れたときには,ファンの間で大きなニュースになったのである。

 当初はメカコレだけでの展開を予定していたバンダイ模型であったが,反響の大きさにサイズ違いのキットを発売することを決定した。この際,メカコレで(300円という価格帯で)商品化できるサイズがたまたま1/144という国際スケールであったため,このサイズ違いのキットが1/100という規格になったといわれている。
(なお,これには異説もあり,当初からコアユーザー向けの1/144ラインと玩具を意識した1/100ラインを設定したとの説もある。実は,1/100ガンダムのあのラインはそれを証明しているともいえる。)
 また,主役メカであるガンダム以外のメカの人気も非常に高いことから,ガンダムの次に人気の高かったシャア専用ザクを1/144スケールに追加することがきまったのである。
そして,ガンダムが1/144スケールはメカコレとして(以後しばらくメカコレとしての生産が続く),1/100スケールが単体で(大スケールはこれだけのはずだった)1980年7月に販売された。これは,瞬く間にヒットし,通常この手のプラモデルを購入する比較的低年齢のユーザーだけではなく,大学生などと言ったこれまでミリタリー物などを手がけていた比較的高年齢のユーザーにも受け入れられるという新たなムーブメントを作ったのである。

 翌月にはなんと量産型ムサイ艦が発売され,商品展開としてはいきなり意表をついた。()そして,1980年9月に1/144スケールのシャア専用ザクが発売されたのである。
 これら最初期のキットは発売されればすぐに売り切れ,増産すれば売り切れ,と早くもブームの兆しが見え,バンダイ模型としては,他のモビルスーツも順次商品化していくのに躊躇はなかったようである。(当然様々なリサーチ等行われたであろう事は想像に難くないが。というのも一番最初の1/100であるガンダムなどはその価格もあり,実は動きが鈍かった。)
 また,当初発売されたザクはシャア専用であったため,これを量産型に改造(角を削り取ってからの塗装換えだけではあったが)する事が流行り,これによりガンプラ改造の下地ができていったとも言える。

※ 量産型ムサイ艦が発売され・・

 これについても,現在のユーザー側からすれば「意表をついた」,となるのだが当時の状況からすると,あながちそうとも言えないのである。
 当時,バンダイ模型は宇宙戦艦ヤマトのメカコレとして,100円(現在は200円で再販される)の艦艇のディスプレイモデルが大ヒットしており,その流れからすれば,ムサイなどの艦艇モデルは,あながち奇をてらったものとは言い難い。


 2.ガンプラブーム

 1/144スケールガンダムの発売からコンスタントに商品数を増やしてきたガンプラであるが,翌年,映画「機動戦士ガンダム」の公開からそのブームは加速していくことになる。
 徐々にではあるが,数を増やしていた1/100スケールがほぼ全てのモビルスーツを商品化することになり,さらには1/60スケールというこれまでの(プレイセットなど一部を除いて)キャラクターモデルの常識では考えられない巨大なキットをも充実した商品化をさせるに至ったのである。さらに,講談社コミックボンボンの創刊に合わせ連載が開始された「プラモ狂四郎」では,商品展開とストーリーがシンクロするなどガンプラの普及にさらなる加速を与えたのである。(何しろ,第1回のストーリーでは,その月の新商品である1/144スケールのGアーマーが題材であったのである。)

 この様な経緯でガンダムブームはいつしかガンプラブームにもなっていく。デパートの模型売り場での将棋倒しによる多数の負傷者の発生など,社会的現象になったのである。模型店では,これまでミリタリー物や航空機物が幅をきかせていたショーケースにガンプラが並び,コンテストは毎月のように行われる,そんな時代が到来したのである。
商品展開も順調に進み,次々とモビルスーツやモビルアーマーが商品化されていく。その時点で商品化されていない物は自分たちで作るという風潮が生まれたのもこの頃である。模型店の店頭にはガンダムを改造したジムやザクを改造した旧ザクなどがならんだのだ。
 ところが,ブームが広がり続けることである問題が生じてしまった。商品化すべき対象が無くなってしまったのである。モビルスーツ,モビルアーマーは既に商品化が終了し,残るは艦船や航空機,それも画面上ではほとんど登場しなかった物である。一時期は,サイド7(スペースコロニー)ですら商品化が検討されるようになってしまったのである!

 そこで注目を集めたのが,テレビが打ち切られたことにより登場しなかった(できなかった)モビルスーツである。
 当時サンライズが刊行していた,記録全集には,打ち切りに際して登場しなかったモビルスーツのデザインが掲載されていた。これを商品化に踏み切ったわけである。
当然の事ながら,未登場モビルスーツであるから,その認知度は無いに等しい。しかし,コミックボンボンを始めとする様々な雑誌媒体がそのフォローを行い,最終的には「モビルスーツの没デザインの商品化」ではなく,「画面には未登場だが実は活躍していたモビルスーツの商品化」という方向性で集約されたのである。これはすなわち,世界観の広がりを表しており,(売れる売れないの商売的な面を別にして)ガンプラの商品化に限界がないことを示していた。

 これと平行して,メカデザイナーである大河原邦男氏の描くイラスト版のMSの商品化もスタートしている。いわゆるリアルタイプシリーズで,1/100スケールのキットの成形色を変更し,マーキングデカールを付属するという商品構成であったが,細かい注意書きやラインがデカールで付属しており,これらを苦手とする層に受け入れられた。
この二つの流れの結果,MSVというオリジナルシリーズの下地はできたといっていいだろう。


 3.MSV

 映画機動戦士ガンダムの公開から加速したガンダムブームは,プラモデルにおいてもより一層加速していった。劇場版3部作の公開が終了した翌年の1983年についに新シリーズとしてのプラモデルキット,「MSVシリーズ」が展開を開始することになる。

 MSVは,ガンプラの改造のヒントとして1982年に発表されたもので,デザイナーの大河原邦男氏が講談社のムックに書き下ろした4体のMS,すなわちザクキャノン,ザクJ型(湿地戦用),水中型ザク,砂漠専用ザク,が発端である。これに,ストリームベースが設定製作及びデザインで加わり,数人のデザイナーが新規にデザインを起こすというシフトがとられ,コミックボンボンやホビージャパンで次々に発表されていったのである。コミックボンボンとホビージャパンはその購買層が重ならなかった為,機体デザインの公開と改造作例の公開のタイミングを調整しつつ展開が行われていった。
また,バンダイの情報誌であった「模型情報」もその展開に貢献しており,単なる製品情報誌ではなく,新規のデザイン画が公開されるなど非常にMSVの発展に大きな功績があったといえるだろう。

 ある程度のデザインの公開と作例の出そろった1983年当初には,TV版アイテムがほぼ商品化し終わっており,プラモデルとしては,いよいよ次の段階に突入することになった。すなわち,MSVのマスプロダクツアイテムとしてのプラモデル化である。このニュースは,それまで雑誌作例を眺めるだけで改造に対して躊躇していた層も喜ばせることになった。そして,発売されたキットを使用して逆にTV,映画版キットを改修するという流れも生じたのである。(これは,プロダクツとしてある種仕組まれたものではあった。

 1983年という年は,前年に放映された「超時空要塞マクロス」のプラモデルがガンダム同様の爆発的なヒットを始めており,キャラクタースケールキットのいわば絶頂期である。そのため,MSVのようなTVを媒体として持たない製品でも十分商戦を乗り切れる商品として成立しえたのである。(蛇足ながら,この前後で風の谷のナウシカや魔法のプリンセスミンキーモモ,Dr.スランプアラレちゃん,などキャラクターキットもかなりの数が登場してきている。)

 1983年4月に第1弾アイテム(高機動型ザク供砲登場してからMSVシリーズキットは順調にその数を増やし,1984年にその最終アイテムが登場するまで34点の商品が発売された。TVなどの広告媒体を持たないプラモデルシリーズが,これだけの大ヒットを2年に渡って続けられたということがある意味衝撃的とも言える。これについては,次の項目で少々まとめたい。

※ プロダクツとしてある種仕組まれたもの・・

 実は,後にストリームベースがコメントを出しているが,MSVのキットは,新規金型で開発されることがメインであることを利用して,かつての旧キットを改修可能なパーツ類も意識的に配置されていた。
 例えば,MS-06Rのボディと頭部は,MS-06Fを改修するには都合の良いパーツであったし,これらの発展型として,マインレイヤーやあの1/100ガンダムの実質的リメイクとも言える1/100フルアーマーガンダムを誕生させることとなる。


 4.MSV(その2)

 MSVのキットの開発には,バンダイの設計陣とストリームベースの活躍は避けては通れない。しかし,それと同じくらい大きな力を持ったのがユーザーである。
 MSVの商品化にはユーザーの意見がかなり反映されているのである。
 MSVシリーズのキット化は順調にすすみ,1983年の年末商戦では,(シリーズとしては扱われていないが)10000円の高機動型ザクという高額商品も登場している。そして,1984年になるといよいよユーザーの声に押された商品が登場する。そう,「パーフェクトガンダム」である。

 ここを読んでいる方には既知の事実であろうが,パーフェクトガンダムは,漫画「プラモ狂四郎」に登場したオリジナルMSで,MSVとしてデザインされた機体ではない。また,そのデザインも大河原邦男氏のものではなく,板野一郎のものなのである。(プラモデル版は,小沢勝三氏,小田雅弘氏,やまと虹一氏の手が入っている。)

 本来,MSVのデザインではなく,しかも,MSVに組み込む為,小田雅弘の手によってフルアーマーガンダムとしてリファインされた機体が,改めてMSVとしてキット化されたのである。(なお,蛇足であるが,フルアーマーガンダムという名称はキット化に伴って名付けられたもので,当初は「ガンダム増加装甲試験型」とされていた。)
 プラモ狂四郎は,ガンプラブームの立役者とも言える漫画で,児童層へのプラモデル人気を広げた功績は大きいといえる。また,事実上製品とのタイアップであり,コミックボンボン本誌で展開されたMSV記事とも密接にリンクしていた。本誌で取り上げられたプラモデルは(たとえそれが既存のキットであっても)人気が出て模型点では品切れになることがしばしばあったのである。(何しろ,長谷川のF-15Jやイマイのジェットモグラなど当時の児童層には難しいと思われるキットですら爆発的に売れたのである。)

 発売されたパーフェクトガンダムは,様々な面で爆発的な人気となった。(当時としては破格の完成度であり,個人的感想で言えば,1/144パーフェクトガンダムの頭部を超える出来のRX-78の頭部はいまだにないと考えている。)様々な問題のため,キット化は実現しなかったが,パーフェクトガンダム2,レッドウォーリアもキット化の候補となっており,当時のプラモ狂四郎の勢いを知ることができるだろう。(なお,作品自体は86年まで続いており,作中にZZガンダムまで登場している。)

 そして,さらにMSVの展開は進むのであるが,秋のホビーショーで衝撃的な発表がなされるのである。(この項は5とともに6へと続く)


 5.幻の企画・MSX

 MSVの展開が進むと,再び問題が起きあがった。
 一つはMSVシリーズ自体のパワーダウン,そしてもう一つはキット化できるMSの減少である。
 前者は,コミックボンボンなどとのタイアップによってある程度はクリアできると考えられていた。(しかし,実際はパーフェクトガンダムをのぞき,かなりの苦戦だったようである。)後者の問題はある意味深刻で,ある程度の数が売れるキットとしてのMSがほぼキット化されつくされていたのである。(この辺にもMSVのパワーダウンを見て取れる。「ガンダムプラモ」であれば,売れる時代は終わっていたのである。)現に作業用ザクは,設計,試作まで終わっていたが結局商品化されることはなかった。

 ここに至り,「MSVの次」が検討され,実際に商品化へと向けて動き出した。それがMSXである。
 MSXは,MSVとは異なり,脚本家,星山博之氏の手によるストーリーをベースとした模型オリジナルストーリーとなるはずであった。MSのデザイン(模型試作),キャラクター設定,シナプスまでできあがったが結果的に商品化されることはなかった。
結局,様々な媒体で発表されたのだが,製品自体は誕生することはなかったのは,同時に発表された富野善幸氏が続編として執筆を開始した「逆襲のシャア〜ガンダム」(後に機動戦士Zガンダムに改題)に注目が集まりすぎたこともあったのかもしれない。いや,普通に考えれば,原作者が続きを執筆しているとなれば,そちらに注目が集まるのは当然だろう。それでも両ラインを発表する必要に迫られていたのである。
そして,1984年秋,衝撃的な発表がなされたのである。

 そう,まさかの続編制作の一報である。


 6.機動戦士Zガンダム

 1984年頃には,MSVのパワーダウンと,劇場版マクロス終了によって,キャラクターキットを中心とする「アニメプラモ」ブームは終結に向かいつつあった。
 だが,実のところ,第2次アニメブームは,これから絶頂ともいえる時代を迎えつつあり,OVA(オリジナルビデオアニメーション)や多数のアニメ映画など,このころのアニメには大きなパワーがあった。実際1982〜88年頃にはロボットアニメは多数を数え,様々なヒット作が生まれていたのである。(リアルロボット全盛期と,今でいうスーパーロボット物,双方かなりの数があった。)
 しかし,キャラクターキットの面で見ると,地盤沈下が徐々に進んでいった頃であった。オーガス,サザンクロス,ドルバック,ダグラム,ボトムズ,ザブングル,ダンバイン,エルガイム,モスピーダ()等々,多くのプラモデル化された作品があげられるが,そのムーブメントはガンプラほどではなかったのである。(むろん,いずれの作品も現在でも熱烈なファンが存在しているのは言うまでもない)

 Zガンダムは,それらの状況に対して,いわば切り札として投入された作品である。
Zガンダムシリーズのキットは,ガンプラとしては,ポリキャップの標準装備など,新機軸を多く投入し,また,MSVで培った形状把握などの成果があがり,(当時としては)非常にできのよいキットとして発売された。模型雑誌では,細かい改修のみで非常に優れた作品になることが強調され,様々な作例が紙面を彩った。
また,作中に登場する可変MSをはじめとするバラエティに富んだMS群のキット化が進められ,ついにはMSVシリーズのパッケージ換え販売まで行われたのである。

 だが,この件は,作品自体は比較的好調であったにもかかわらず,製品としては今ひとつであったという点を露呈したともいえるだろう。(むろん,他のアニメキットに比べれば売れていたといえるが,あのガンプラブームを見てしまった後は,それでも「売れていなかった」ということだろうか。)

 作品についても,後半になるにつれその難解さが問題となり,賛否両論渦巻く状態となってしまった。
 そして,番組後半のMSはキット化されることもなく,続編の制作が発表されてしまうのである。

※ オーガス,サザンクロス,ドルバック……

オーガス

 正式タイトルは,「超時空世紀オーガス」(以降,内容は似非知識を参照)。
 マクロスに続く超時空シリーズ第2弾。
 最大の特徴は,これまでのロボット物ではあまり考えられなかった「曲線主体の」ロボットを主役側に配置した,という点である。(実はダンバインも考え方としては,これにあたる。)
 キットは,今井科学,有井製作所から発売され,そのフォーマットはマクロスと同じであった。ちなみに,可変1/40オーガスのクオリティは現在の目で見てもかなり高い。

サザンクロス

 正式名称は,「超時空騎団サザンクロス」。
 超時空シリーズ第3弾。
 しかし,メインスタッフからスタジオぬえが離脱した為,全く異なったフォーマットの作品となってしまっている。
 基本的な設定は,全2作以上にSF的であるが,あっさりと打ち切られている。(ただし,発送的な面では優れており,同じタツノコプロが版権を所持するTV版マクロス,モスピーダとともに「ロボテック」として再編され,輸出されている。)
 プラモデルは,前2作同様今井科学,有井製作所が行ったが,メインは有井製作所であった。
 憲兵隊のラーナ少尉は,いまでも語りぐさになるキットである。

ドルバック

 正式名称は,「特装騎兵ドルバック」。
 展開された地域が意外と少ないため,マイナー感はぬぐえないのだが,実は「プラモデル」という分野だけで言えば,ガンダムにある種匹敵するブームを作り出した作品とも言える。
 ダグラム,ボトムズ,などもキット的にはヒットしているが,ドルバックが決定的に異なったのは,MSV同様オリジナルキットも展開していたという点に有ろう。

ダグラム

 正式名称は「太陽の牙ダグラム」。
 ガンダム以降のリアルロボット路線を突き詰めていった形の作品として,高橋義輔監督によって製作された。後に映画化される。
 関連商品(プラモデル)がヒットしたことによって長期放映が為された作品(70話余りと,実に1年半の間放映された)だが,実は作中ではコンバット・アーマーの戦闘シーンはそれほど重視されていなかった。
 プラモデルは,タカラから発売されていたが,番組の延長を成し遂げるほどのヒットであった。特に,番組に登場するトレーラーなど通常ではキット化が考えられないような商品すらキット化されていた点は非常に感慨深い。

ボトムズ

 正式名称は「装甲騎兵ボトムズ」。
 究極に突き詰めていったリアルロボット路線といえる作品。
 作中に登場するロボットは,あくまで車や戦車同様,単なる兵器であり,ヒロイックな面は全くと言っていいほど無い。
 しかし,そのストイックな面を求めていた層に高い人気となり,タカラから発売されていたプラモデルはスマッシュヒットとなった。特に1/24スコープドッグは,現在でも語りぐさとなる一品となった。
 なお,2007年に新作が制作され,バンダイからも1/20新規キットが発売されるなど,非常に長期にわたって支持される作品となった。

ザブングル

 正式名称は「戦闘メカ ザブングル」。
 サンライズが本格的にテレビアニメ製作を展開し始めたころに製作された作品。監督である富野由悠季氏は,本作ではかなり思い切ったストーリーを展開している。(一見コメディではあるが,その基本ラインにはSF的な深い考証がある。)
 元々の企画が,宇宙を中心としたヒロイックな作品であった為,主役メカであるザブングルとその母艦アイアンギアーは,他のウォーカーマシンとは毛色の違う「浮いた」デザインとなっている。(とはいえ,その浮いた部分が味があったのも事実であるし,このザブングルタイプですら,後継であるブラッカリィでは,ウォーカーマシンの範疇に収まるようなデザインとなっているのである。)
 プラモデルはバンダイから発売されているのだが,このシリーズは,アニメ設定画には存在しない独特のディテーリングが好評を博し,ガンプラ以降広がりを見せていた「世界観を持ったジオラマ」などに大きく用いられることとなった。

ダンバイン

 正式名称は「聖戦士ダンバイン」。
 簡単に言えば,「早すぎたヒロイックファンタジー」。
 こういった時代の先取り感は,次作エルガイムを通じて富野由悠季監督の得意とする点だろう。
 プラモデルはバンダイから発売されたのだが,いかんせん模型設計の技術面から言っても本作は早すぎた一作となってしまった。

エルガイム

 正式名称は「重戦機エルガイム」。
 ダンバイン同様,ある意味早すぎた作品。
 しかし,デザイン面でロボットアニメに大きな影響を与えた作品であり,本作が無ければZガンダムにおけるMSデザインは大きく変わっていただろう。
 また,プラモデルに関しても複合素材の導入など,バンダイのスキルアップに大きな影響を与えた。

モスピーダ

 正式名称は「機甲創世記モスピーダ」。
 ポストマクロスとして期待された作品。
 残念ながら,それほど大きな影響を与えた作品とは言い難いのだが,プラモデル面でいうと,実は大きく影響を与えた作品とも言える。
 プラモデルの発売は,今井科学,エルエスが行っており,この2社体制で「超攻速ガルビオン」とともにスポンサードと同時に製品化が行われている。
 いずれのキットも非常にクオリティが高く,現在の目で見ても充分完成度は高いと言えるだろう。残念ながら,ガルビオンもモスピーダもネット局が少ない上,短期終了(打ち切り)のため,製品が少なかったのは難点である。


 7.機動戦士ガンダムZZ

 1986年3月,様々な問題を内包したまま,Zガンダムの続編として,ZZガンダムがスタートする。
 Zガンダムで問題視された,その作品内容の難解さを払拭するため,「明るいガンダム」をキーワードにしての出発であった。オープニングからして,「アニメじゃない」という,いわば,最後の手段を使ってしまったのである。だが,この結果,既存のガンダムファンの多くはガンダムから離れていってしまう。
 むろん,プラモデルも例外ではなく,ZZ関連のキットの苦戦ぶりは相当な物であった。

 ところが,模型誌を始めとする雑誌媒体では,Zガンダム後半からガンダムZZにかけては,かなりの勢いがあったのである。

 それは何故か?
 最大の理由は,「文字遊び」が活きていたからである。
 つまり,ガンダムセンチュリーと同じ遊びは,模型媒体に姿を変え未だ続いていたのである。

 ガンプラがヒットを続けた最大の理由に「俺ガン」の存在がある。
 つまり,「僕のガンダム」,「私のガンダム」を作る素地があったのである。この「俺ガン」を文字遊びとして展開したのがガンダムセンチュリーであったのだが,これを発展させたMSVを経験したユーザーは,立体(すなわちガンプラ)でもそういった遊びを行うようになっていた。
 すなわち,キットのまま製作する必要性などは,全くなくなっていたのである。

 バンダイが模型情報(MJ)のさらなる拡大版として,ユーザー側を取り込むための媒体として創刊した「B-CLUB」(※),ガンプラ作例の老舗であった「ホビージャパン」,そしてホビージャパンより離脱したスタッフが創刊した「モデルグラフィックス」,それぞれの誌面でオリジナルのMSが,オリジナルのストーリーが展開され,ユーザーの好みのものだけを取捨選択できるほど,ガンダムは拡散していくこととなる。中には,ガンダムという名称を付けるのがはばかれるような内容の作品すら存在していたのである。
あまりにも作品群が拡散し,ガンダムという枠ではまとめきれない状況になるということは,一部のユーザー(すなわち,その作品を気に入ったユーザーのみ)を残してユーザーが離れることを意味している。

 また,この頃になると各雑誌でもキット改造よりもフルスクラッチをメインとした記事が多くなって来ており,紙面を読んだユーザーが気に入った作例(あるいは模型誌オリジナルの作品)をマネしようと思っても,そう簡単にはいかなくなってしまったのである。
 そうなってくると何が起こるか……簡単である,誌面を見ただけで満足してしまう層の出現である。これはプラモデルの売上にも深刻なダメージを与えてしまうことは明かであろう。

 これらの要因が重なったことがガンダムZZのプラモデルシリーズを苦戦させた要因であるといえるだろう。
 そして,ZZシリーズは,旧キットの金型改修キットが多数登場しても,前作のZガンダムの発売点数に及ばない数しか商品が発売されない状況となったのである。(1/100にいたっては,わずか1作しか発売されなかったのである。)

 そして,その状況に対してバンダイが思い切った手段に打って出ようとしていた。
(この項,次項に続く)

※ B-CLUB

 MJマテリアルという模型情報の別冊から発展してきた雑誌。
 創刊当時のコンセプトは,ユーザーからの新たな才能の発掘,ユーザー側からの提案を受け入れていくための素地としての雑誌であった。(比較的早いタイミングで方向修正は行われたが)
 すなわち,創刊時から「俺ガン」を受け入れるための土台と言っても過言ではなかったのである。(詳細は,別項参照。)


 8.ガンダムセンチネルとGUNDAM SENTINEL〜幻のキットシリーズ再び

(前項より続く)
 Zガンダム,ガンダムZZと2年続けて(しかも右肩下がりで)プラモデルの不振が続くとスポンサーとしてのバンダイも様々な手法を考えなければならなくなっていた。
MSV初期の爆発的な盛り上がりもすでに無く,他作品よりはプラモデルの売り上げがあるにせよ,やはり番組を支えていくにはかなりつらいことになっていたことは想像に難くない。
 現在のような関連商品とソフト化による制作費のペイと利益を見越した商売が成立していなかった時代である,視聴率の不振とプラモデルの売り上げ不振はかなりのダメージであったことだろう。
 結果,TV媒体は,新規のオリジナル作品である機甲戦記ドラグナーへと引き継がれ,新たな展開を行った。しかし,このドラグナーですら実はZZと同じような問題を抱えていたのである。(この件については,似非知識のドラグナーの項目を参照)

 一方,模型媒体ではどうだったかというと,先に示したように実は模型誌媒体などではそれほど苦戦していたという雰囲気は感じられないのである。
オリジナルのスクラッチ作品が紙面を飾り,またオリジナルの改造作品とオリジナルのストーリーが展開される・・混沌としてはいたのだが,活気はあった時代,まさにそういった表現するのが適当であった。
 模型誌の紙面ではキット化されなかったMSやMAもスクラッチされ,読者に対して公開されていた。そして,重要なのはこれらに対して,読者のリアクションもまたかなりあったということである。
 各模型誌では,キット化希望アンケートなどを行っており,様々な意見が寄せられていた。
 これに対してガンダムZZの終了した1987年のモデルグラフィックス6月号でバンダイ側からの回答として,発表されたのが「ガンダムセンチネル」(※1)であった。

 鈴木"Mk-"信夫氏の1/100スプリームガンダム(仮)(※2)とともに,新プラモデルシリーズ「ガンダムセンチネル」は,第1弾をフルアーマーZZガンダム,第2弾をクィン・マンサ,第3弾をスプリームガンダムとする,「Zガンダム,ガンダムZZの未キット化MSとオリジナルMSの混在する」シリーズとしてスタートが大々的に発表されたのである。
そして,モデルグラフィックスの付加したキャプションには,ジ・Oなどのキット化も可能かも,というニュアンスがあり,ユーザー側は大きく期待することとなった。
 実際,第1弾のフルアーマーZZガンダムは新規開発キットと発表されたこともあり,ユーザー側がかなり期待していたのも事実である。
 しかし,翌月(1987年7月)に発売されたキットを手に取ったユーザーの心境は期待から絶望に変わる。発売されたキットは,新規開発キットではなく,既存の1/144ZZガンダムにフルアーマーパーツを追加したものであったからである。当然ながら中のZZガンダムは,強化型ZZガンダムではなく,追加されたパーツもアンバランス,さらには劇中のカラーリングではないことが大きなマイナス印象を与えたのである。(追加されたオプションであるハイメガランチャーは,比較的好評ではあったが,あまりにも大雑把な造形であった。)
 このキットのカラーリングは,モデルグラフィックスで1987年4月号に掲載された牛久保氏のフルアーマーZZガンダムのオリジナルカラーリングが採用されていたのである。これは,モデルグラフィックス側から,センチネルというシリーズに際して,オリジナルのストーリー(後のMG版とは別物)が提示され,それにあわせたカラーリングが提示され,採用されたといわれている。
 当然ながら,このキットではオリジナルストーリーに等については,全く触れられておらず,また,キットインストも機体解説に偏重したものであったことから,各模型誌ではTV版の機体として作例を掲載することとなる。

 そして,さらにシリーズに追い打ちをかける事態が起こる。翌年(1988年)3月にガンダム完結編(後の逆襲のシャア)が映画化されるという発表である。

 結果,映画版ガンダムのキット化を優先するということで,ガンダムセンチネルはペンディングということになってしまう。(・・と表向きはされているが,フルアーマーZZガンダムが思った以上に動かなかったためのペンディングとの説もある。)

 これにモデルグラフィックスは,猛烈な抗議を行い,独自にオリジナルストーリーを展開することを決定する。
 1987年9月号でプレを行い,翌10月号から連載が開始されたGUNDAM SENTINELは,「プラモデルのガンダムファン」の求めていた「欲求」をうまく料理して,フォトストーリーと作例を展開していった。そして,連載が人気を得るにさほど時間はかからなかった。
(実際,同じ頃に連載されていたホビージャパンのタイラントソードと比較するとそのあたりは理解できると思われる。)

 連載が1年を経過する頃には,逆襲のシャアのキット化が終了し,再びセンチネルシリーズのキット化にゴーがかかる。シリーズとして1/144のZプラスを発売後,Sガンダムの3形態を発売し,とりあえずGUNDAM SENTINELシリーズのキット化は終了する。
ところが,ここで一悶着起きるのである。(開発開始からの顛末については,MG誌側の視点はMG誌別冊を参照のこと。)
 一つは,「権利問題」そしてもう一つはMG誌側がとったガンダムへのスタンスの問題である。当初からMG誌はZガンダム,ガンダムZZに関して否定的な意見を述べることが多かったが,GUNDAM SENTINEL0079の展開を続けて行ったMG誌は,「GUNDAM SENTINEL」こそが本物のガンダムであるとのスタンスで記事を掲載した,これに対して一部のファンが誌面から離れていくこととなった。(結果,GUNDAM SENTINELは,シンパとアンチの壮絶な作品となったといえるかもしれない。)
 また,権利問題についてもアートボックスの許可無くセンチネル関連の商品化はできない(ただし実際には,「センチネル関連の商品化の際にはアートボックスへ連絡を行う」という程度の「口約束」だったようだが),というスタンスが示され,実際に即売会でのガレージキットの販売ができなかったり,ミニアニメ化が中止になるなどの事態が起こったため,以後長い間,「GUNDAM SENTINEL」の商品は登場しないことになるのである。(※3)

 結論から言えば,「GUNDAM SENTINEL」というシリーズは,ひとつの模型誌が独自に行った「俺ガン」でしかない。しかし,人気が出たことによって「公式」としての建前まで得てしまったという作品である。
 それ故に,他の作品との不整合部分もみられるし,つじつまのあわない部分も存在する。(何しろ基本のストーリーですら,連載版,プラモインスト版,別冊版,小説版と4つあるのだ。)
 だが,「俺ガン」が横行していた当時,ストーリー構築のための指針となった作品であるともいえる。すなわち,「ガンダムで遊ぶ」という方法論をきちんと明確化した初の作品であるともいえるのだ。(※4)

 だが,反面「GUNDAM SENTINEL」は,以後のガンダムに大きな枷をはめたのも事実である。よくGUNDAM SENTINELを紹介する際に,「この作品を超える企画は未だにない」というキャプションを目にするが,これは言葉を換えれば,「機動戦士ガンダム(TV版)を超えるガンダム作品は未だにない」というのと同じなのだ。ガンダムはTV媒体でセンセーショナルな作品であり,初めてリアルロボット作品といわれたものである。また,当然ながら「初のガンダム作品」であるわけである。いくら続く作品が様々な要素を付加しようとも初代作品のブームを超えることは基本的にはできないのだ。
 それと同様に,俺ガンでありながら公式へと昇華した模型誌初のフォトストーリーであるGUNDAM SENTINELを超える作品が出てこないというのは,ある意味当たり前ともいえるのである。(しかも,プラモデルという分野がかなりの速度で縮小化していた時代である。)

 GUNDAM SENTINELによって,「ガンダムで遊ぶ」方法論は明確化された,それもこうやって遊ぶのが正しい,というようなある種強制じみた形で。しかし,これはもう一つの問題点も生み出した。すなわち多くの「俺ガン」が否定されたのである。当時のモデルグラフィックスでの読者投稿などでは,その作品のクオリティにまでかなり言及していた。プロモデラーを目指しているかどうかすらわからない投稿者の投稿作品にまで「プロモデラーレベル」の批評がつけられていたこともあったのである。
 また,フォトストーリーの作例のほとんどがスクラッチ作品であり,一般のモデラーが製作できない作品も多かった。これに対しては,発売されたキットの詳細な改造作例をHow to方式で示し,解決を図ったが,それでも「本物とは異なる」といっているのであり,要は「プラモデルの縮小生産」を加速したにすぎない。(※5)MG誌側では,作例を元にしたガレージキットを発売したが,それも数としてはわずかである上,ガレージキットであるため,その購買層も限られたのである。
 プラモデルのユーザーが離れていけばそれはプラモデルオリジナルシリーズとしての意味をなさない。(とはいえ,実際にはGUNDAM SENTINELのキットシリーズは「それなり」には売れていたのだが,先細りになるのは見えていたということである。)

 バンダイ側としては,ガンダムZZシリーズでプラモデルの新規ユーザー層獲得の限界を感じ取っており,新たなユーザー層の取り込みを図るために逆襲のシャアのキットシリーズでは様々な改良を行っていた(この項は[10]に記す)が,このGUNDAM SENTINELシリーズでは,さらにスナップフィットという現在のガンプラのスタンダードともいえる仕様の基本的なラインが投入されていた。
 だが,モデルグラフィックス誌の記事展開では,キットを製作するにはやはり模型スキルを要求され,また,単独誌の企画がベースであることから他誌ではほとんど取り上げられないこともあったことから,バンダイ側の狙った層の取り込みはほとんどできずじまいであった。(逆に後述するSDの展開が始まっていたこともあり,低年齢層はリアルタイプから離れていくこととなってしまった。)

 さらにモデルグラフィックスの記事展開は,「本物に近づけるためのHow to」であり,「この通り作らなければ」本物にならないという印象を与え,まさにその通り製作されたキットがユーザー側にあふれ出ることとなった。
 本物が存在するAFV等ならそれもいいだろうが,架空作品であるガンダムでそこまでの必要はないし,そこまで厳格な製作を要求されるのが当たり前になったことがAFVの衰退を呼んだのも事実である。結果,「GUNDAM SENTINELという作品の機体」をユーザー側が製作するメリットというのは無くなってしまったといってもいいだろう。(ユーザー側がいくら手を動かしても誌面の作例に「近い」ものでしかなく,本物は入手できないのであるから…)

 結果的に,GUNDAM SENTINELという作品は,当時としては非常に意義のある作品であったことは間違いない。その後のガンダム作品が,多くはこの作品の展開を規範にしていることは間違いないだろう。だが,それ故にこの作品にのみとらわれすぎ,「俺ガン」を否定してしまったことが,続くガンダムF91,0083,Vガンダムとガンプラの,ひいてはアニメ作品そのものの閉塞感をより一層進めることとなったのではないだろうか。(※6)

 そして5年が経過したとき,一つのブレイクスルーが訪れる。いや,センチネルがあったからこそ5年もかかってしまったのかもしれない。
 そう,「機動武闘伝Gガンダム」の放映である。(この項は,[13]に続く)。

※1 ガンダムセンチネル

 モデルグラフィックス独自企画としてのセンチネルとの区別のために,あえてカタカナ書きを行っている。
 本来は,プラモデルシリーズとしてのセンチネルが先にタイトルがあったのだが,実際にはモデルグラフィックスのオリジナルストーリーの方が,作品としては認知度が高いため,ここでは,モデルグラフィックス版を「GUNDAM SENTINEL」,元々のプラモデルシリーズをカタカナ書きすることで区別している。

※2 1/100スプリームガンダム(仮)

 発表当時のSガンダムのこと。
 余録にも項目として記載されているが,様々な商標問題で名称が二転三転している。

※3 「GUNDAM SENTINEL」の商品は登場しないことになる

 実際問題として,バンダイ側,アートボックス側の問題が多々あるとしても,HGUCのSガンダム発売における混乱は,「GUNDAM SENTINEL」という作品の位置づけをはっきりさせる上では重要な出来事だったと思われる。
 この混乱があったが故に,現在のようにきちんとした体系付けができたのであるから……

※4 「ガンダムで遊ぶ」という方法論をきちんと明確化した初の作品

 ここは,語弊があるのを承知で記述している。
 もちろん,実際にはガンダムセンチュリー(元を正せば,ガンサイトだが)であり,MSVである。
 だが,当時の風潮として,公式媒体ではない模型誌媒体で出てきたという点に大きな意義があるように思う。

※5 「プラモデルの縮小生産」を加速した

 これについては,実はかなりの間議論された。様々なイベントでトークショーなどが行われ,その際の企画の一つとして出てきたのが「究極のガンプラを作る」であったのだ。(この項は,マスターグレードの項で触れる。)

※6 アニメ作品そのものの閉塞感をより一層進めることとなった

 これは,アニメ制作側の理由もあることはもちろん承知の上で記述している。
 しかし,ガンプラという面でいうと,F91や0083の俺ガンは,当時ほとんど目にすることが無かったのである。
 シルエットフォーミュラでは,バンダイ自らが既存のパーツのミキシングによる「俺ガン」をキットの付属冊子で展開するほどであった訳で,筆者はかなり追いつめられていた感じを当時は抱いていた。

補足

 なお,本項はあえてセンチネルの功罪の「罪」の部分をきつめに表記している。
 これは,センチネルの「功」の部分は,センチネル関連の専門のサイトがあるくらいなのでいうまでもないだろうと考えたからである。
 正直なところ,GUNDAM SENTINELに関わったスタッフで大きなウェイトを占めていたのは,総合プロデュースのあさのまさひこ氏であることは間違いないだろう。氏のスタンスに対しては,いろいろと思うところはあるのだが,プロデュース自体はさすがだと思っている。
 だが,その後のモデルグラフィックスとバンダイの関係,デザインをつとめたカトキハジメ氏とバンダイ・角川・ホビージャパンの関係をみていると,GUNDAM SENTINELという作品は,ある意味モデルグラフィックスにとっても鬼子であったのではないだろうか・・・。
 個人的には,そう思えて仕方がない。


 9.SDガンダムの時代〜SDのもたらしたもの・売れたSD,売れなかったSD

 Zガンダム放映の2年前,1982〜3年頃にバンダイの情報誌であった,「模型情報」に一種独特なイラストが投稿されていた。
 当時は,イラストの多くがMSやキャラそのものといったものが多く,また,杉原昌子氏のイラストから大きな人気を博したMS少女などが投稿作品として掲載されていたのだが,その作品はそれらとは全く違ったベクトルのものであった。その投稿者は,PN「鳥山劣」。そう,後にSDガンダムブームを巻き起こす横井孝二氏その人であったのである。
(氏のSDガンダム投稿経緯と発展については詳細は省く。)

 当時,バンダイの持つベンダー関連では,100円のガシャポンがメインであり,様々なグッズ関連がガシャポンで展開されていた。そんな中,SDガンダムガシャポン戦士が登場,大きな人気を博することとなった。
 この人気は,後に100円のミニプラモという形で,ガシャポンや食玩へと波及し,ついには実際のプラモデルとしても商品が販売されることとなった。そのラインが,BB戦士である。

 BB戦士以前にも実は,カワルドスーツ,ロボチェンマンといったSDタイプのプラモデルは存在していたが,シリーズ的な展開は中途半端に終わっていたという経緯がある。
一方,BB戦士は,「スナイバルゲーム」というオリジナルのストーリー(実際にゲームを行うことが可能)を展開し,当時人気だったBB弾によるサバイバルゲームに似た遊びを低年齢層に提供しようというものであった。
 ところがである,このBB戦士は売れなかったのだ。実に中途半端なSD化が影響したのか,それともゲームの展開が地味すぎたのか・・,とにかくこの初期のBB戦士は,全くと言っていいほど人気が出ることはなかった。
 そのため,大きく世界観を展開したのにもかかわらず,わずか6アイテムの発売に終わっている。(発売された以外のキャラクタについても,本Wikiでは扱っているので,項目を探してみてほしい。)

 しかし,ここでそのラインを完全に閉じなかったのが,後のSDブームを呼び起こしたともいえ,そういった意味では,開発スタッフのマーケティングは無駄ではなかったということだろう。
 一度命運を断たれたとも見えたBB戦士であるが,およそ1年間のブランクの後,新たなフォーマットで再スタートを切ることとなった。

 1988年には,ガンダムシリーズ完結編として機動戦士ガンダム〜逆襲のシャアが劇場公開された。その前年の後半にはすでにキットが発売されていたのだが,このキットは既存のプラモデルと大きな違いがあった。すなわち,色プラとスナップフィットである。(詳細は,次項参照。)これにより,ガンダムZZ以前の接着剤と塗料を使用するいわゆるプラモデル然としたプラモデルから,どちらかといえば組み立てるトイに近い印象の模型へとガンプラがシフトしていたのである。むろんBB戦士もそのようなフォーマットだったのだが,組み立ては簡単でも塗装が必要である点は変わらなかった。
 そこで,逆襲のシャアの公開に前後して,新たなフォーマットでBB戦士シリーズが展開されたのである。この際に,肝心のデフォルメは,横井氏のラインを発展させた今石氏のラインでまとめ,ギミックもオリジナルではなく,作中の武器などを利用したものとして再構成したのである。
 これにより,低年齢層にも組み立てやすく(とはいえ,スプリングギミックはいろいろとトラブルがあったようだが),色プラや多色ランナーにシールを用いたことから塗装もそれほど必要ではなくなったため,爆発的に売れ始めることとなった。(また,一部ではインストの今石氏の漫画目当てに購入する者も・・って,それは私だw)

 結果,一度はダメだという判断が下されたBB戦士が,完全によみがえり,今では300アイテムをも超えたのである。(※1)

 そして,1988年12月発売のNo.17,ムシャガンダムによって,もう一つのブレイクスルーがもたらされる。すなわち「SDオリジナル作品」である。
そう,かつて失敗したSDオリジナルがここにきて再び登場したのである。

 このムシャガンダムは,プラモ狂四郎に登場した武者ガンダムのSD版である。しかしながら,インストラクションのコミックワールドでは,意志を持ったオリジナルのキャラクタとしてわずか1ページながらコミックが描かれていた。これはSDガンダムのデザインを担当していたレイアップからの提案もあり,オリジナルのストーリーをコミックワールドで展開してみてはどうかということになり,描かれたものである。これは短編を連続していくことで,ストーリーを展開していく手法をとり,続く1989年3月発売のムシャゼータガンダムでさらに先のストーリーが描かれた。さらに翌月には,ムシャガンダムマークツーが発売され,プラモ狂四郎に登場した武者ガンダムは,すべてキット化されてしまったのである。
 通常ならば,ここで展開は終わりなのだが,ムシャガンダムシリーズはこれで終わりではなかった。ムシャガンダムのコミックワールドに描かれたキャラをさらに発展させ,次々と新キャラを生み出していったのである。むろん,プラモデルだけでの展開では,なかなかストーリーを展開することも難しいため,フォローする媒体も用意された。すなわち,コミックボンボンである。

 さて,ここまで読んでもらうとあることに気がつかないだろうか?
 そう,MSVの展開と全く同じように展開していったのだ。(※2)
 この当時,模型誌は独自の企画で「俺ガン」(含むセンチネル)を展開することが当たり前の状態であり,いわば低年齢層はおいてきぼりであった。そのため,テレビマガジンやコミックボンボンという児童誌で展開されたSDガンダムが,その世代にダイレクトに響くのは,ある意味当然であったのだ。
 BB戦士のヒットは,玩具部門では組み立て式玩具として,「元祖SDガンダム」を登場させることとなる。また,ベンダー部門ではガシャポン戦士から様々に発展したバリエーションが展開され,また新たな媒体としてカードダスも登場することとなった。

 そして,SDがピークを迎える1989〜1992年頃というとリアル作品では,機動戦士ガンダムF91,F90,シルエットフォーミュラ,0083といった作品群が展開されていたのだが,これらに対しては,低年齢層が興味を持つことは少なかった。
当然であろう,目の前に大きなブームを持った作品(しかも同じガンダム作品で)があるのだ。興味を持つことがあっても,積極的に飛びつくというものではなかったのである。
 新世代ガンダムとして提示されたF91は,新世代といいながらも,そのターゲットは「かつてのガンダム世代」としか思えない(でなければ,ファーストのスタッフを結集する意味があったのか?)作品であり,関連したプラモデルシリーズであるF90やシルエットフォーミュラもその域を脱していなかった(詳細は,[12]項で)。
また,0083については,その媒体(OVA)と内容(センチネル的アプローチ)が災いしてか,やはり低年齢層に波及するには至らなかったのである。(※3)

 だが,このSDガンダムのヒットは,バンダイ側としてみれば一つの新たなフォーマットの誕生であった。すなわち,現在も続いている「各世代ごとへの訴え」である。
そして,その「世代」を明らかに意識したTV作品が登場することになる。すなわち「機動戦士Vガンダム」である。
(この項は,[13]に続く)

※1 300アイテムにも手が届こうとしている

 実際には,オプションや姉妹製品(ちーびー戦士),流用製品(Gジェネシリーズ)を含めるとすでに突破している。
 2007/06に発売された「劉備ガンダム」でついに公式ナンバーの製品も300番を突破した。この劉備ガンダムを始めとしたSDガンダム三国伝は,かなりの数のアイテムが発売予定となっており,SDガンダム20周年に相応しいシリーズとなっている。

※2 MSVの展開と全く同じように展開していった

 ただし,媒体が模型誌だったか,コミックボンボンという児童誌だったかの違いはある。

※3 やはり低年齢層に波及するには至らなかった

 これは,MSV90やM-MSVの事実上のコケっぷりからしても明らかだろう。
 新たなリアルタイプMSを低年齢層へ,というスタンスで展開された両作品(前者はコミックボンボン,後者はSDクラブ)が,大きなムーブメントを起こすことができなかったことと,同時期に展開されていた元祖SDガンダムのヒットから考えても間違いでないといえるだろう。

 これらのMSVは,過去の元祖「MSV」とは決定的に異なる部分が存在する。元祖MSVが,基本的に量産型の1バリエーションを基準に展開していたのに対して,これらのZ-MSV以降の機体は,「プロトタイプ」,「試作機あるいはスペシャル機」のみで構成されているのである。すなわち,世界観が広がる訳はなく,尻すぼみになるのは実質的に目に見えていたのである。(0080やCCA-MSVの様に,プラモインストでの展開なら,まだ理解できるが・・)
 しかしながら,Z-MSVでは,新たなストーリーを展開するための下地を盛り込んでみたり,M-MSVでは小説でストーリーを展開するなど,かなり意欲的なことを実施していたのは事実である。これらの試みは,当時は不発に終わったが,現在のゲームなどでの展開の下地には十分になったわけで,無駄ではなかったのだ。
 そういった意味では,SEED-MSV(SEED DESTINY-MSVではない)の展開手法は,元祖MSVの王道的ラインに近く,好評を博したのも理解できないわけではない。(これについては,[19]にて。)


 10.機動戦士ガンダム〜逆襲のシャア,そして0080〜新たなユーザー層への挑戦

 1987年,サンライズから各アニメ誌に衝撃的な情報が提供される。「ガンダム完結編を劇場版で製作」(※1)このニュースは,我々視聴者側からみると嬉しい面と悲しい面,かなり複雑な印象があったのは事実である。
 ガンダムZZの豪快なコケっぷりからすれば,主人公が再びアムロであるということは歓迎してしかるべきであったが,また,反面かつてのヤマトの様な状況になってしまったのではないかという懸念もあった。そして,ガンダムもついに終わりか,という思いもあったのも事実である。(とはいえ,実際には現在まで続くロングランになってしまったのだが……)
 ガンプラという側面からみると,ガンダムZZで商業面では失敗したが,この逆襲のシャアでは新たなユーザーの獲得を目指して,バンダイ側も新技術を投入,これまで模型を作っていなかった人々に訴える製品を投入したのである。
 そのため,技術検証の時間もとられたのか,実はこの年(1987年)は,12月にνガンダムとリ・ガズィが発売されるまで,ある一つのキットを除いてガンプラは発売されていないのである。その一つこそが「フルアーマーZZガンダム」であり,とばっちりを喰ってペンディングとなってしまったのが,「ガンダムセンチネル」だったのである。

 こうして投入された逆襲のシャアシリーズは,Zガンダムシリーズの1/220で暫定的に導入されたスナップフィット方式が導入され(※3),色プラ,シールの導入により,接着剤や塗料が無くてもとりあえず完成させられるだけの物となっていた。
 また,1/100νガンダムでは,1/100ZZガンダムで導入された金属パーツをさらに1歩進めたダイキャストパーツの導入など,より「組み立てる玩具」といったニュアンスのキットとなっていた。(※4)
 しかし,ビスで止める方式やシールなどは,既存のモデラーには非常に不評であり,かといって新規ユーザーが参入したかというと,実はこれもうまくいかなかった。
 そう,すでにSDガンダムのブームが間近に迫っていたのである。そのため,低年齢層ユーザーは,SDガンダムへと流れてしまい,バンダイ側の思惑とは異なった結果となったのである。
 ところが,一部で(非常に小さなペイだが)好評を得ている部分があった。インストである。当時バンダイの情報誌である模型情報に連載が開始されたダブルフェイクのメカデザインを担当していた福地仁氏の描くMSVがインストに掲載されていたのである。
 これは,プラモデルを購入した人だけが目にすることができた物であり,設定遊びを楽しんでいた人たちには(かっこよさや変な設定に難癖をつけながらも)楽しまれていたのである。このインストの過剰とも思える設定や文章は,ガンダムZZシリーズで伸童社が始めた物であるが,逆襲のシャアシリーズでは,さらに1歩踏み込んだ形で展開されていたのである。(これは,0080を経由して,HGである種の完成を迎える。)

 逆襲のシャアの公開は,比較的好調に終わる。とはいえ,かつての劇場版三部作と比較すると落ちるのは間違いない,というレベルの物(※5)であり,大きなムーブメントを起こしたわけではなかった。
 そして,アムロとシャアの物語に決着がつき,模型誌では,モデルグラフィックスの「GUNDAM SENTINEL」が徐々にムーブメントを起こし始め,ほぼ同時期にホビージャパンでは,「タイラント・ソード」が掲載されている……といった,いわば狭間期を迎えるのである。(※6)

 だが,88年後半,再び「ガンダム」のアニメ製作の一報が流れる。今度は,テレビでも映画でもない,バンダイが新に力を入れていた「OVA」という分野でだった。しかも,監督は富野監督ではない「完全な新作」であるということであった。
 当時,OVAという分野は,85年から上り調子に発展し,88年〜89年頃は一種のブームに近い状態であった。OVA専門誌が創刊され,現在まで名を残す作品が多数作られたのもこのころである。また,88年のパトレイバーは,1万円近い(物によっては,15000円を超える物もあった)定価の中,5000円を切る価格で提供され,ヒットとなっていた。その中に起爆剤として,さらに「OVAオリジナルのガンダム」が投入されたのである。ある意味話題とならない方がおかしいともいえたのだ。

 ガンプラの方もバンダイの力の入れ方は尋常ではなかった。すでにSDガンダムのブームは到来しており,様々な関連商品が発売されており,プラモデルではBB戦士が好調であった。
 しかし,いわゆる「リアルタイプ」のキットは,88年末に発売された「GUNDAM SENTINEL」シリーズがそこそこのヒットとなっただけに過ぎなかった。(※7)
そこでバンダイは,OVAのガンダムを素材に新たなキットを開発,提供することとなった。
 こうして発売されたポケ戦シリーズは,第1弾のズゴックEが,OVA第1巻にあわせて発売され,そのキットフォーマットと,(当時として)完成度の高さもあり,スマッシュヒットとなった。
 このポケ戦シリーズは,逆襲のシャアで不評だったビス止めを撤回し,完全なスナップフィット方式となっており,さらにポリパーツまで専用の物をランナーに色プラを発展させた方式で同時成型するという思い切った構成になっていたのである。
 また,カメラアイやモノアイをクリアーパーツとし,その裏にホイルシールを貼り,発光しているように見せるなど,かなり思い切った仕様も導入されていた。
 インストラクションも逆襲のシャアを発展させた物となっており,オリジナルのMSを掲載するなど,情報量にも配慮されていたのである。
 結果,モデラー側の不満はある程度解消されたが,OVA発という媒体面の不利はぬぐえなかった。
 特に低年齢層には,やはり認知度は低く(ボンボンで連載されてはいたが・・),SDガンダムのほうが上であったのだろう。やはり,Vガンダムまで待つ必要があったのだ。(この項[13]へ)

※1 「ガンダム完結編を劇場版で製作」

 蛇足ながら,当時は「これで終わり」,と宣言されていたため,まさに「終わり」という雰囲気であったが,情報が進むにつれ「アムロとシャアはこれで終わり」となっていった。これは,おそらく88年初頭頃には,0080の企画が大詰めを迎えていたからだと思われる。
 今だからいえるのだが,速報の時点で気がついていれば結構おもしろかったかもしれない。

※2 ある一つのキットを除いてガンプラは発売されていない

 ここではSD関連(BB戦士等)は除いている。
 ちなみにこの年のメインは,ドラグナーシリーズであったが,これも実質的には10月でキット化が終了している。

※3 スナップフィット方式が導入され

 ただし,この時点では現在のようなスナップフィット方式とは異なっている。
 保持力もそれほどではなく,どちらかといえばビスがメインであることは明白だろう。

※4 「組み立てる玩具」といったニュアンスのキット

 実際には,その発端となったのは1/100のドラグナー1カスタムである。
 これは,完成済み内部フレームに装甲をつけるというキットで,このタイプの完成型が1/60のガンダムF91といえる。

※5 劇場版三部作と比較すると落ちる

 とはいえ,100万人の動員は達成している。
 「めぐりあい」が250万人,残り2部が150万人ほどであったことからすると落ちるということである。

※6 狭間期を迎える

 筆者は,当時からホビージャパンとモデルグラフィックスを購入しており,GUNDAM SENTINELの「模型誌分野における」ブームはリアルタイムに経験しているが,やはり「閉じられた環境でのブーム」という印象はぬぐえない。
 これは,個人的に筆者自体が,当時のアニメーション(OVA)ブームよりも少女漫画にかなり傾倒していたというのもあるのだが・・(苦笑

※7 「GUNDAM SENTINEL」シリーズがそこそこのヒット

 当時の状況からすれば,センチネルをこれ以上続けるメリットはバンダイには無かったはずである。大きなペイが望みにくい模型誌発のMSVである上,ホビージャパンなど競合誌はもちろん取り上げないため,非常に限られた市場となってしまうのは明白な上,当時のアートボックス側のキットに対する姿勢が,開発と売り上げのバランスの面で新規キットの開発に難色を示したのはある意味当然であろう。
 言葉は悪いのだが,現在のSEED DESTINYシリーズのザク乱発とほぼ同じ状況であり,センチネルシリーズの開発キットは実質的に2種しかないのである。
 ならば,同じ狭い(当時OVAを視聴できる家庭は限られていた)発表環境ながらも,フォローする媒体の多いOVAをキット化した方がメリットは大きいと考えるのは,当然のことであろう。
 その逆の状態に陥ったのが,0083であり,これは見方を変えると,「センチネルとポケ戦」の関係が,「0083とF91」に置き換わったに過ぎない。


 11.HG,モビルスーツ戦国伝〜挑戦,そして挫折

 1989年,SDガンダムのブームがいよいよ頂点を迎えようとしているころ,一つのプラモデルシリーズが発売された。シリーズ名は,「モビルスーツ戦国伝」。
 そう,SDガンダムシリーズでの人気キャラ(あえてこう記す)であるムシャガンダムを改めてリアルタイプとしてキット化したものである。
これを「リアルタイプ」と評するのは少々語弊が伴うのだが,あえてこう記すのには実は理由がある。
 このキットは,SD世代に向けていわゆるリアルタイプMSのキットを購入してもらうための一つの指針として提示されたものであるからである。
 1988年に発売された逆襲のシャアシリーズでは,それまでのプラモデルの常識を覆す,色プラ,ビス止め,スナップフィットによるモデルが提示された。
 もちろん完全なものではなく,部分的には接着や塗装が必要な物ではあったのだが,ガンダムZZシリーズ以前の組み立てるのに最低限のスキルが必要なキットというスタンスとは異なり,とりあえずニッパーが使えれば何とかなるというキットであったのだ。
 しかしながら,88年の逆襲のシャア,そして89年のセンチネル,0080シリーズ,いずれもヒットというには難しいレベルの実績しか上げられなかった。
 とはいえ,低年齢層が組み立てる上で,それまでに比べて格段に扱いやすいレベルになっていたのは事実である。また,時間のとれない高年齢層のモデラーからもとりあえず立体として手元に置いておくには十分との反応を得て,バンダイ側としては,逆襲のシャアで新たなプラモデルフォーマットに手応えを得たといわれる。
 結果,このシステムをさらに発展させていったのが,0080シリーズの色プラを応用したランナー構成であり,そして低年齢層へ間口として用意されたのが,システムインジェクション(※1)を応用したモビルスーツ戦国伝である。

 モビルスーツ戦国伝シリーズは,MSジョイントと呼ばれるシステムインジェクションによる完成した内蔵フレームに装甲(外装)を取り付けていくことで組み立てるキットである。そのため,パーツの切り離しさえ可能ならば,とりあえず色分けされた無難な立体ができあがる,というものであった。
 また,モビルスーツ戦国伝独自のストーリーが作成され,キットインストで展開されたのだが,残念ながらこのシリーズは3種が発売された時点で終了してしまう。(試作は,5種行われていた。)
 当時,コミックボンボンでは,ジュピターファントムなるリアルタイプの武者ガンダムを用いたオリジナルストーリーも展開されていたのだが,こちらもある意味中途半端な結果に終わっている。

 そして1990年,ちょうど機動戦士ガンダムF90のキットが展開されようとしていた頃,一つの画期的なシリーズが誕生する。すなわち,ハイグレードと呼ばれるシリーズである。
 このシリーズの最大の特徴は,「RX-78をリメイクした」ことにある。それまでもスケール違いや他のキットの付属として既存のMSがリメイク(※2)されたことはあったが,同一のMSを同じスケールで発売するというのは初めてだったのである。
また,前年に展開されたモビルスーツ戦国伝のフォーマットを発展させたMSジョイント2を内蔵したことで,さらに組み立てやすくなった。さらに,組み立て用のインストラクションには,カトキハジメ氏の描くイラストとともに詳細な設定などが記されていた。
こうして発売された「HGガンダム」は,好評となり,売り上げを伸ばしていった。(※3)

 そして,本来ガンプラ10周年記念(※4)であった「HGガンダム」は,いつしか「HGシリーズ」として,続くガンダムMk-供Zガンダム,ZZガンダムと続くこととなってしまう。
 ユーザー側は,次は「ザク」だ,と色めき立っていたが,このHGシリーズは,実のところZガンダムの時点で,すでに息切れを起こしており,ユーザー側の希望とは全く逆に,4種の発売で終焉を迎えてしまう。

 だが,このモビルスーツ戦国伝とHGシリーズの残した功績はガンプラの長いフォーマットをみてもかなり重要な物であることはいうまでもない。
モビルスーツ戦国伝において,フレームと外装というパターンが提示され,HGシリーズでは,既存のキットのリメイクが商売になるということを実績として残した。
これらは,現在のマスターグレードシリーズやHGUCシリーズにおいて十分活かされているのである。
 双方あわせても,発売点数はわずか7種にすぎないこの2シリーズが,後のガンプラに与えた影響は計り知れない物があるのだ。

※1 システムインジェクション

 詳細はシステムインジェクションを参照のこと。
 色プラの多色成型システムを応用した物で,一つのパーツに複数のプラ(色違いである場合もあれば,素材違いであることもある)を成型することを可能としたシステム。

※2 他のキットの付属として既存のMSがリメイク

 MSVシリーズのマインレイヤーは,06Fザクとしてくむことも可能であるし,1/100のフルアーマーガンダムやパーフェクトガンダムは,内部のガンダムは新規設計の物であった。また,その元祖ともいえるのは,1/144のGアーマーに付属したガンダムだろう。

※3 売り上げを伸ばしていった

 HGのRX-78は,発表直後品切れを起こすほどの好評だった。各模型誌も積極的に取り上げたのだが,いかんせんそのMSジョイントという内蔵フレームが「手を加えにくく」してしまっていることが作例としての広がりは阻害していたのである。
 しかしながら,ユーザー側としてみれば同じレベルの(当時としては)できのいいRX-78が入手できたわけである。

※4 ガンプラ10周年記念

 実は,もう一つ10周年記念が存在する。
 それがフルカラーモデルである。ここでは触れないので,詳細は項目を参照のこと。


 12.機動戦士ガンダムF90,F91,シルエットフォーミュラ,そして0083〜ガンプラの光と陰

 1990年,0080の(OVAとしては)比較的好調だったことを受けて,新たな劇場版でのガンダム作品が発表される。タイトルは,「機動戦士ガンダムF91」。
監督は,富野氏に戻り,再び本編(※1)の時間軸が進められることとなったのである。
しかも,今度は30年時間を進めた完全な新作という形で展開されることとなったのである。
 さらに,ガンダムのストーリーと並ぶもう一つの主役であるMSも大幅なダウンサイジングが行われ,全長15mクラスのこれまでよりさらに一回り小型のMSが設定されたのであった。
 プラモデルの方も,それに併せて従前の1/144がラインナップから消え,1/100がラインナップの中心に設定されたのである。
 さらに,作中のMSをフォローするために数々の外伝が展開され,機動戦士ガンダムF90という作品でF91前史を展開し,シルエットフォーミュラでF91のサブストーリーを展開するといった非常に手厚い展開となっていたのである。

 一方,ガンダムF91の公開にあわせてOVAでは,機動戦士ガンダム0083〜StardustMemoryが展開されることとなった。こちらは,ガンダムとZガンダムの間をつなぐサブストーリーとして用意され,従前のガンダム世界を利用した物であり,マクロスの河森正治氏やGUNDAM SENTINELのカトキハジメ氏が作品に参加しているということで非常に話題となったのである。
 だが,これは(ガンダムの世代分けがある程度進んだ現在ならまだしも)複数のガンダム作品に対するユーザー側のスタンスがはっきりしていない時代でもあり,またバンダイ側のスタンスも実は曖昧であり,作品自体は賛否ありながらも双方それなりに評価されたが,プラモデルの方は全く持って不幸な結果となってしまったのである。

 ガンダムF90,F91,シルエットフォーミュラのキット展開は,基本的には0080のフォーマットの発展型である。すなわち,組み立てるだけでほぼ完成体に近い素体を手に入れることのできるキットということである。
 だが,その反面,メインストリームが1/100になったため,キットサイズは大型化し,価格帯も非常に(当時としては)高価な部類になってしまったのである。
Zガンダム,ガンダムZZの頃は,1/144の700円クラスが大型キットで,メインは500円クラスであったことを考えると,標準で1000円,高額な物は1700〜1800円という価格帯(※2)であったため,今度は価格面で低年齢層ユーザーを排除するような物となってしまった。

 一方,0083の方は,OVAという限られたメディアであるため,劇場版F91と比較しても限られたユーザーしか視聴環境にないため,こちらはキット展開が押さえられることとなった。
 当初発売が決定したガンダム試作1号機,ガンダム試作2号機は,F91シリーズが高額化したことを受けて,多色ランナーの採用のみにとどめ,低価格のキットとして売り出したのである。
 だが,この選択はユーザー側の希望している物とは異なっており,キット自体がF91シリーズと比べると造形面でも不満があったこともあり,非常に不発に終わってしまう。
そのため,フルバーニアンとガーベラ・テトラでは,色プラは採用することとなったのである。(※3)

 この2つのシリーズは,ガンプラにおけるフォーマットの代表的な失敗例といえるだろう。キット自体が不発というよりも,フォーマットの不発という意味では,後に与えた影響は非常に大きい。
 まさにこの反省に立ってラインナップされたのが,機動戦士Vガンダムシリーズであるのだから……。

※1 本編

 このころには徐々にであるが,富野氏の作品を本伝,他を外伝とする風潮が確立しつつあった。

※2 価格帯

 F91シリーズは,600円(ガンタンクR44)〜1400円(F91),F90シリーズは,1500円と2500円(これは,3種セット),シルエットフォーミュラシリーズは,1000円(ハーディガン,Gキャノンマグナ)〜1800円(シルエットガンダム改),というように,これまでのガンプラと比べると明らかに高額だった。

※3 色プラは採用することとなった

 それでもユーザー側は不満を述べており,そういった意味では0080のフォーマットというのは,徐々に受け入れられてきていた,ということであろう。(確かに,0080ではほとんどのMSがキット化されたのに対して,0083はそうででなかったという不満ももちろんあったのだが・・)


 13.機動戦士Vガンダム,機動武闘伝Gガンダム〜キット展開の失敗と成功

 1994年,本来ならばTV放映されるはずだった機動戦士ガンダムF91の失敗から3年後,ようやく新たなガンダムシリーズがTV媒体へと帰ってきた。
 機動戦士Vガンダムは,TV企画として用意された機動戦士ガンダムF92(仮題)をブラッシュアップし,新たな企画として再度用意された物となった。時代設定は,F91のさらに30年後とし,再び過去の作品のしがらみを取り払った形でスタートすることになったのである。(ただし,開始早々,そのもくろみは失敗したのだが。)

 Vガンダムの最大の特徴は,逆襲のシャアからF91までの間の商品展開の失敗を反省し,当初から低年齢層をターゲットとした作品作りを行っていた点である。
 そのため,主人公を史上最年少のウッソとし,低年齢層に近い視点で番組を展開しようとしたのである。(※1)
 同様に商品展開もターゲットを絞った商品を用意することで,それぞれの世代に訴えていこうとする姿勢がみられた。

 まず,逆襲のシャア以降「リアルタイプ」の商品を阻害する要因となったSDガンダムに対しては,既存の商材を利用し,VガンダムのMSはとりあえず使用しないことを通達,実際,SDガンダム外伝では,Vガンダムを利用できなかったため,オリジナルの主人公「ゼロガンダム」が誕生することとなる。(※2)
 そして,低年齢層に向けたプラモデルとして1/144スケールはラインナップされ,これらにはVフレームと呼ばれるポリによる共通フレームが使用されることによって,組み立てのストレスを軽減することを目指していた。また,同時にF91よりは若干サイズが大きくなったことを利用して,メインストリームを1/144スケールに戻すことによって,製品価格の抑制にも成功したのである。また,多少価格が高くなっても完成品として同スケールの商材が存在しているのも特徴である。MS in Pocketは,HCMの流れをくみ,後のMS in Actionにも影響を与える完成品玩具であったが,1/144スケールでキット化されていないMSも投入されており,双方をそろえることでかなりのバリエーションを並べることができたのである。
 一方,既存のモデラーに対しては,1/100スケールをメインの媒体として提供,これには中断したHGシリーズの「HG」をラインナップの一つとして採用し,既存の大型スケールより一歩進んだモデルであることを強調した。価格帯も1500円程度と,F91シリーズと大差なかったのだが,HGというブランドを強調し,1/100スケールは高級キットというイメージ的な戦略をとったのである。これは,番組後半に登場したV2ガンダムの1/60スケールでは,さらにHG-Exというブランドを設定することで,さらなる高級感をあおっており,そういった意味では実質的に成功していると言っていいだろう。(※3)

 だが,Vガンダムは,商材的に様々なトライが行われ,確かに新規ユーザー獲得の芽生えがみられた物の,番組的に新しいユーザーをつかみにくい作品となってしまった。
そのため,ガンダムにとどめを刺してしまったともいわれていた。が,それでも次年度のガンダム15周年に向けた新規作品の企画を推し進め無ければならなかった富野監督は,新たなガンダムを創世するということを目的に,今川氏を監督に推薦する。そう,あの原作クラッシャー今川氏である。
 そして生み出されたのが,機動武闘伝Gガンダムである!

 機動武闘伝Gガンダムは,Vガンダムの番組終盤から様々な媒体で情報が小出しに出されていった。まず強調されたのが,「ガンダム15周年」であるということ,そして「富野氏が監督ではないTV作品」であるということであり,実は番組内容については,それほど大きく強調されたわけではなかった。
 その後情報が次々と現れ,番組前の特番が放映されるにつれ,ある言葉が視聴者側の共通となっていく,曰く「こんなのガンダムじゃない」。

 そう,破天荒である機動武闘伝Gガンダムの世界は,数多くのガンダムファンにマイナス思考を持って受け取られていたのである。特に初代機動戦士ガンダムの頃からファンを続けていて,GUNDAM SENTINELを大きく支持した層には,その傾向が強かったように思う。(※4)
 放映が始まってしばらくは,非常に否定的な意見ばかりが目につくことが多かったGガンダムだが,いわゆるSDガンダム世代には,比較的好評を持って受け入れられた。つまり,ターゲットとしては,「SDガンダム世代」ということになると正解であったのである。ちょうどSDガンダムのブーム期に幼児期〜低学年期を過ごしたユーザーが,かつてのガンダムのボリュームゾーンであった,高学年〜中高生という年代にさしかかっていた時期だからである。
 また,否定的な意見が根強かった旧来のファンも12話を境にその意見が混沌としてくる。すなわち,東方不敗,マスター・アジアの登場である。

 そして,そのころからプラモデルでも一つの流れが起きていた。
 Vガンダムでは1/144スケールを低年齢層向けの安価な組み立てやすい商品,1/100スケールは高級キットといった区別を行って,商品を展開していたが,Gガンダムでもそれを踏襲していた。1/144スケールは,フレーム方式のため,一部でプロポーションの破綻などが起きていたVガンダムシリーズの反省をふまえ,より使いやすいポリパーツの使用へと切り替え,1/100スケールでは劇中ギミックの再現に力を注いでいた。
いずれのスケールも,番組開始直後はVガンダムシリーズの影響か,今ひとつであったのだが,番組が1クールにさしかかるあたりから,急激に動き始めたのである。

 また,Gガンダムという作品自体が,かつて「GUNDAM SENTINEL」で否定された「俺ガン」の極みのような作品であり,模型誌媒体なども積極的にオリジナルMFを展開するなど,記事展開も急激に動き始めた。(※5)勝手にオリジナルの国とMFをでっち上げる,そういった記事が模型誌,アニメ誌,漫画,あふれ出たのである。
ま た,作中で登場するMFは,すべてガンダムであり,「かっこいい」だけではなく,「見た目がおもしろい」MFも「あり」であったことから,ネタねらいのお遊びも展開された。
 結果,Gガンダムは,作品だけではなく,プラモデルシリーズもスマッシュヒットを飛ばすこととなり,最終ボスであるデビルガンダムのキット化も為し得,さらに予定に無かったメッキバージョンの投入まで行われている。(※6)
 そういった意味では,賛否両論激しい作品であったことがGガンダムという作品自体を注目させ,「視聴者」へと訴えかけることに成功し,そして,不振だったプラモデルの展開に新たな方向性を見いださせることになったのである。これが,Vガンダムで得られたノウハウが元になっていることはいうまでもなく,非常に熱い展開で終演を迎えたGガンダムの後番組であるガンダムWでは,さらなるトライが行われるのである。

※1 低年齢層に近い視点で番組を展開

 これは裏目に出たのは,既知の通り。
 実際この思惑は,富野監督では難しかったと思われる。それを証明するのが翌年のGガンダムであるわけだから……

※2 オリジナルの主人公「ゼロガンダム」

 後にデザイナーの口から語られたが,実はイメージベースはシャッコーだったとされ,それだけVガンダムのMSを利用するのが難しかったということがいえるだろう。

※3 実質的に成功している

 これは,現在の同スケールでもブランドごとに商材を変えるというスタンスの最もはしりといえる。
 とはいえ,Vガンダムでは番組の影響で1/100の展開数が少なく,思惑通りとは言い難いのが実情ではある。

※4 その傾向が強かったように思う

 これについては,筆者の思いこみが多々あることはご了承いただきたい。
 筆者が(言葉は悪いのだが)イタイ反論を受けたガンダムファンの多くはそういった層だったのである。
 当時,インターネットはまだ普及していない時代だが,パソコン通信などのBBSでは,かなり活発な意見交換が行われていたのだが,筆者が目にした限りでは濃いガンダムファンほど,当初はGガンダムを否定していた。
 だが,そういった層も12話を境に肯定派と否定派に分裂するのである。

※5 記事展開も急激に動き始めた

 あくまで筆者の感想であるが,ここにきてようやく模型分野におけるセンチネルの呪縛は解けたと思っている。
 むろん,センチネルスタッフは,「きちんと考えられた説得力のある俺ガン」を作るということがスタンスとして提示したのだと思われる(なにせ,挑戦を待っているとまで豪語していたわけであるから)が,あの当時では「俺ガン」を否定するかのような流れにしかとれなかったのも事実である。

※6 予定に無かったメッキバージョン

 当初は,ゴッドだけの予定だった。
 蛇足ながら,Gガンダムでは簡易版の1/144キットも用意されており,現在のSEEDシリーズのような展開が行われていたことは意外と知られていない。


 14.新機動戦記ガンダムW〜意外な層へのガンプラの波及

 前年度の機動武闘伝Gガンダムは,賛否両論あったが,好調のまま終演を迎えた。
 引き続いて企画された新機動戦記ガンダムWは,このGガンダムの好調を受け,当初はやはり国家をモチーフとした作品として企画されたのである。
 だが,作品企画が進むにつれ,同じパターンを繰り返すことを避け,現在知られているような作品となるよう修正が行われていった。
 ガンダムWは,商材としては前年のGガンダムのパターンを踏襲することが決まっていたため,ストーリーの展開を待ってプラモデルが続々と発売されていくこととなった。

 だが,ガンダムWにも大きな誤算が存在していたのである。

 ガンダムWは,サンライズがかつて制作した鎧伝サムライトルーパーのフォーマットと同じ,美少年パイロットを用意していた(※1)。そのため,女性ファンにヒットし,すさまじいまでの同人活動が展開され,数十冊におよぶ同人誌アンソロジーが発売されるにまで至った。誤算というのは,これらの女性ファンまでもがガンプラに流れ込んできたということである。
 ガンダムWのプラモデルのフォーマットはGガンダムを踏襲した物であることは,先に述べたとおりであるが,このフォーマットが,プラモデルを作ったことの無かった女性ファンにも受け入れられたのである。
 自分の好きなガンダムパイロットの機体を作る,その行為が,ガンプラの売り上げを伸ばしたのである。(反面,既存のファンの多くが「引いた」ともいわれているが…)

 1/144スケールは,組み立てやすいこともあった上に,ガンダムチームの5機がそろっていたため,スマッシュヒットとなった。
 一方,1/100スケールは,Gガンダムシリーズ以上に細部に気を配ったキットとなり,非常にクオリティの高いものが多く発売された。しかし,メインが1/144スケールであったためか,主人公5機がそろうことはなかったのである。

 こうして,想定外のユーザーが流入したこのヒットは,番組放映後も終わらず,続くガンダムXのころも継続しており,そのパワーは続編のOVAの製作まで実現させてしまうのである。OVAでは,カトキハジメ氏によってガンダムをはじめとしたMSはリファインされた。このデザインは,カトキファン以外にも好評で,久々のOVAベースのMSのプラモデル化がなされることとなる。このOVA版は,Gガンダムシリーズ以上に好評で,ついには登場MSすべてが1/144スケールだけではなく,1/100スケールでもそろってしまう。(※2)
 そして,OVAは,後に展開された第08MS小隊とともに再編集され,ガンダム20周年に併せて劇場公開されるまでになったのである。また,1/144スケールは,その際に劇場限定で発売されたクリアープラ&メッキ仕様の物が好評であり,ついには(一部仕様替えで)一般発売されるまでに至った。
 さらに,TV版の1/144スケールは,OVA後でも比較的動きが変わらなかったこともあり,キャラクターのフィギュアを付属させ,新パッケージで再発売も行われたのである。
この女性ファンが起こした新たな動きは,バンダイの想定をある意味超えていたのは間違いなく,世代だけではなく世相を考えたターゲットの必要性を認識したことになるのだろう。

※1 美少年パイロット

 後に明かされたが,これは明らかに狙ったラインだったということである。
 当初は,ガンダムWの女性へのヒットは想定外といったニュアンスで解説されていたが,実際には,言葉は悪いが,あからさまに狙っていたということのようだ。
 とはいえ,これをガンダム作品で行うというのは思い切った手法であるのは当時としては間違いないだろう。

※2 ついには登場MSすべて〜

 残念ながら,リーオーは通常のプラモデルとしてはキット化されていないのだが,とりあえず,「リファインされた機体はすべて」ととってほしい。


 15.MGそしてPG〜生み出したものは,新たなブームか,それとも……!?

 1995年,ガンダムWがスマッシュヒットを飛ばしている最中,もう一つの動きが淡々と進んでいた。
 前年の1994年,Gガンダムのヒットがプラモデルにとっても追い風となり,数多くのMFが商品化される中,一つの動きがホビーショウで起こっていた。その討論の議題は,「究極のガンプラを作る」といった。
 この動きは,徐々に盛り上がりを見せ,1993年からユーザー側とモデラー側,そしてバンダイ側で様々なディスカッションが行われていたものが,ホビージャパンへと波及,ついには,連載として1コーナーになるまでなってしまった。

 かつてガンプラでは,既存のキットのリメイクという動きが明確な形で行われたことがあった。そう,HGシリーズである。
 しかし,HGシリーズでは,大元の展開が10周年記念であったこと,そして何よりもシリーズ展開が中途半端であったことが影響し,4作品の発売でシリーズそのものが終わっている。
 むろんバンダイ側だけの問題ではなく,ユーザー側も提示されたものに対して曖昧であったため,商品としてのバリューは望むべくもなかったのである。

 再び巻き起こったリメイク論議,これは前回のHGシリーズとは少々趣が異なっていた。すなわち,議論の発端がバンダイではなく,外部からのスタートであったということである。
 ホビージャパンでの連載では,新キットシリーズ(後のマスターグレードシリーズ)のスケールが1/100スケールであること,価格が2500円〜3000円程度であること(※1),とりあえずはガンダムとザクについて検討すること,が提案され,マックスファクトリー所属の柳沢氏の画稿を元に,様々なメーカー側,ユーザー側,モデラー側の意見が戦わされた。
 当然のことながら各人の持つ「RX-78像」によるイメージの違いによりバランス面など様々な意見が噴出し,その集約は正直なところできるのか不安な面もあった。
だが,この1年近くにわたる討論が,最終的な大河原邦男氏のデザイン画として起こされ,商品のテストショットがあがってきたときには,ユーザー側は,(多少のイメージ違いなどはあったが)諸手を挙げて歓迎したのである。
 当時は,Vガンダムの商品展開が今ひとつであったこと,そして何よりもGガンダム,ガンダムWと,宇宙世紀以外の作品が定着しつつあったことから,宇宙世紀のモビルスーツを求めているそうに対する新製品が無かったこと,そして何よりも1/100スケールという大型キット,しかも作りごたえのあるキットが久しく存在していなかったことも歓迎された要因であっただろう。
 そして,1995年7月,ついにマスターグレードRX-78-2ガンダムが発売されたのである。

 第1弾ガンダムの発売直後は,かつてガンプラを作ったガンプラ卒業層までも巻き込んで,久しぶりの大ヒットとなった。
 接着剤を使った昔のプラモデルを作り,久しくプラモデルから離れていた層は,マスターグレードシリーズの優れた設計に驚き,ガンプラを作り続けていた層は,自分たちの作りたかったRX-78に喜び,模型店店頭から売り切れるという久々のヒットとなったのである。

 ホビージャパン本誌では,続くMS-06の意見交換が活発に行われていた。
 このMS-06のデザインについても,RX-78と平行して作業が進められており,一部からは0083のザクF2的なラインを求める声もあったのだが,やはり大勢は「ザク」を求めていたのである。
 完成した商品は,スジ彫りなど一部で問題を指摘されたが,そのプロポーションをはじめとした基本的部分では,かつてのガンプラモデラーに絶賛されることとなった。(特にS型,J型,F型といったこれまで曖昧だった部分をキットなりに表現した部分は,意外と好評であった。)

 そしてここで一つの想定外が起こる。
 本来ならガンプラ15周年キットであったはずのマスターグレードが,シリーズ展開することになったのである。
 しかも,アナウンスされたモビルスーツは,Zガンダム,さらにリファイン画稿はカトキハジメ氏が描くというのである!

 ホビージャパンにおいてバンダイ側のコメントとしては,カトキ氏は,変形などを見越したきちんとした画稿が描ける人材であるため依頼した,ということであったが,そのあがってきた画稿は,HGのZガンダムのインストに描かれ,後にGUNDAM SENTINELの各コーナーで描かれたイラストがベースとなっているものであり,TV版の藤田氏のラインとはやはり異なったものであった。
 だが,当時としてはセンチネルの洗礼を受け,それがようやく沈静化しようとしていた時である,このラインは受け入れられないはずはなかった。
 結果,Zガンダムもスマッシュヒットとなり,併せてバリエーションとして発売されたG3ガンダム,Rタイプザク(これは賛否両論あったが)も含めて,マスターグレードは一つのシリーズとして確立するのである。

 このマスターグレードの製品開発のスタンスは,続くゲルググ,GPシリーズまで展開され,ガンダムMk-兇泙任魯罅璽供実Δ箸琉娶交換が活発に行われていた。
 だが,その直後に発表されたジム,ザク気箸いΕ丱螢─璽轡腑鵑△燭蠅ら様相が変わってくる。そしてドムの発売の次のアイテムがアレックスとなった時点から,製品開発のスタンスが大きく変わってしまうのである。
 ガンダムMk-兇糧売の頃になるとすでにPG(パーフェクトグレード)の発売がアナウンスされており,新たなガンプラフォーマットが誕生していた。
このパーフェクトグレードは,バンダイがその時点で持つノウハウをすべて投入した「究極のプラモデル」というスタンスであったのだ。

 もちろんマスターグレードは「究極のガンプラを作る」というスタンスで開発がスタートしたキットであるが,バンダイ側が「それ以上」を提示できる環境になっていたのである。
 このことは,すでに発売済みであったパーフェクトグレード「エヴァンゲリオン」の販売実績がそれを裏付けており,モデラーの間では,「エヴァの次はファーストガンダム」は,半ば決まった路線であったのだ。

 だが,それは何を意味するかを気づいている人は,さすがに当時は少なかった。
 すなわち,「バンダイが提示するものが(多少の個人的好き嫌いは除いて)ユーザー側の求める平均的な商品になり得た」ということである。
 この問題点は,パーフェクトグレードの発売直後にモデルグラフィックス誌で掲載されたこともあり,存じている人も多いだろう。
 これの受け取り方が,「いいことだ」とするのか,「やることがなくなった」ととるのかの違いであるということに「気づけるか」ということが投げかけられたのである。(※2)
「ユーザー側の意見を述べる余地のないプラモデル」一言で言えば,それがパーフェクトグレードである。
 このフィードバックが様々な形でマスターグレードに波及し始めたのである。
アレックスの発売は,発表から比較的早い時間で行われた。そしてその後の製品は,ほとんど毎月のように投入されていくことになるのである。
 すなわち,ユーザー側の意見などがホビージャパンに掲載されても,すでに商品は発売寸前のところまで進んでいるということになっていたのである。

 結果的に,スタンダードキットとしての地位はマスターグレードが確立することには成功した。だが,ガンダムから始まり,ザク,Zガンダムと人気のあるMSから製品化されたツケが,やはり響いている。
 発売当初のような大きなムーブメントを起こすにはすでにマスターグレードもパワー不足なのである。

 しかし,マスターグレードシリーズは,「バージョン」という概念の下,既存のマスタグレードキットも改修の対象となるというスタンスを2000年に打ち出し,ユーザー側もこれを受け入れている。そういった意味では,シリーズ自体を途切れさせるということにはなりにくいという立場になったといえるだろう。
 一方,パーフェクトグレードは,「その時点でできることを(とりあえずペイできる機体で)行う」というスタンスのキットであり,何が飛び出すかわからないという楽しみを持たせてくれた。

 これから先,いかような機体が登場するのか,ガンプラの命運を握るシリーズとして,この二つのシリーズは,楽しみを提供してくれる。
 だが,これはユーザー側が巻き起こしたムーブメントであるマスターグレード初期の流れではない。遡れば,MSV初期のムーブメントでも無いということになる。
 しかし,尻すぼみとなったMSVのムーブメントとは異なり,非常に長い期間,シリーズの継続が行われていることは,MSVと違ったステージへと移行したといえるだろう。

※1 2500円〜3000円程度

 当初は,1500円程度と考えられていたが,すぐに修正された。

※2 投げかけられたのである

 比較対象としてあげられた例が,センチネル0079のガンダムであり,1/60のゴッドガンダムであったことが,個人的には引っかかっているのだが,その論調としてはまさしく正論ではあった。
 ただし,筆者はこのPGの登場をスクラッチにたよらざろう得ない模型誌にとってはある種の驚異だろうと受け取っていた。
 このPGガンダム以上のガンダムを作り上げることは困難きわまりないことである。このフォーマットが「あたりまえ」になったとき,模型誌としては新たな段階にはいらざろう得ないことは間違いなかったからである。
 実際,その後のMG誌のガンプラの扱い方を見ると,マスターグレードに対するスタンスが曖昧であることがわかる。
 スクラッチのベースとして用いることはあっても,その機体そのままとして作例にすることはほとんど無く,必ずと言っていいほど大幅なアレンジが加わっているのである。
 一方,電撃誌やホビージャパン誌は,チュートリアルなどの掲載という方向性を打ち出した。改修点の細かな指示,アレンジするためのヒント,様々な例がホビージャパンの別冊などに掲載されているのは知っての通りだろう。
 皮肉な話であるが,改造のための細かなチュートリアルは,MG誌がセンチネルで「君にもできる」というシリーズで展開した。それが,現在のキットを組み立てるためのチュートリアルとして,そして改造のための指針として展開する形となっているのである。(違うのは,「本物を再現する」というスタンスではなく,「完成させる」というスタンスである点だろうか。)
 別項でも述べたが,モデルグラフィックスのスタンスは,すでに模型誌ではなく作例誌なのだろう。


 16.機動新世紀ガンダムX〜宇宙世紀の限界と,それ以外の世界の限界!?

 1996年に放映された機動新世紀ガンダムXは,ある意味非常に不遇な作品である。
 前作ガンダムWのこれまでとは違うヒットの仕方から,既存のユーザーの期待も曖昧であり,そして何よりも放映局側の非常に厳しいスタンスも影響を与えていた。
機動戦士ガンダム以来のうち切り,この事実がガンダムXの苦戦を如実に表しているが,作品自体はそれほど悪い作品ではない。(※1)

 一方,プラモデルにおいては,少々問題点が存在した。
 前作のプラモデルが未だ売れ続けており,新作として投入しても動きにくい状況が続いていたこと,そして何よりもデザイン面で立て続けに「ガンダム」をデザインしたことが裏目に出て,デザイン的なインパクトに欠けていたのである。(※2)
 さらに,マスターグレードの人気が大きくなっている時期であり,新製品でありながらインパクトのない商品というレッテルがあっさりと確定してしまったのである。

 発売された1/144スケール,1/100スケールともガンダムWのフォーマットを継承しており,そのクオリティも決して低くはない。
 だが,「ガンダムという作品自体の抱える袋小路」が,ガンダムXを苦境に追い込んだのである。
 結果,翌年のOVA「エンドレスワルツ」,同年スタートの「08小隊」というOVAが媒体を担うだけで,ガンダムという作品自体の冬の時代を迎えることとなった。(※3)

※1 作品自体はそれほど悪い作品ではない

 全話をきちんと視聴した人の多くが,「話は悪くない」という感想を述べることが多い。

※2 デザイン的なインパクトに欠けていた

 ガンダムXやエアマスター,レオパルドといったそれぞれの機体の特徴は,非常に明確に区別されていたし,ビットMSなど新機軸も投入されていた。
 だが,機体の基本フォーマットがさすがに繰り返しに耐えられなくなっていたのである。
 たとえば,ヴァサーゴは,シェンロン,アルトロンといった機体のフォーマットを受け継いでいたし,そのシェンロンですら,ドラゴンガンダムのリメイク的機体である。
 レオパルドもヘビーアームズのリメイク的機体であり,実のところMSマニア以外には,訴える力が弱いのである。

※3 ガンダムという作品自体の冬の時代を迎えることとなった

 とはいえ,ガンプラとしてはこの作品の頃に,マスターグレードのブームのピークがきており,作品終了後あたりから,同じくマスターグレードの新規作品ラッシュがやってくることになる。
 そのため,停滞していたという印象は持ちづらい。


 17.OVA〜新たな媒体,そして生み出したものはHGUC

 1996年のガンダムXのうち切りは,作品自体の不評というよりもテレビ局側の問題といったニュアンスの強い事件であった。
 だが,作品自体の評判はそれほど悪くないのだが,ガンプラという分野においては,様々な問題が噴出していた。
 前年のマスターグレードとガンダムWのヒットにより,ガンプラ自体はそれほど苦戦しているようには見えなかったのだが,ガンダムXのキットは不振であったのである。
 一方,OVAでもこの年は新たな作品が展開されていた。それが,機動戦士ガンダム〜第08MS小隊である。
 この作品は,当初ジオン側から見た一年戦争のアニメ化,という方向性で進んでいたのだが,様々な問題(※1)で,戦記物といったニュアンスの作品となる。

 シリーズの開始時には,まだガンダムWが放映中であったが,ちょうど番組改編が近づいた狭間であったため,08小隊のプラモデルはガンダムXのキットとほぼ同時に展開が始まった。ここでバンダイは,かつて無い「セット販売」という形態で,陸戦型ガンダムと陸戦型ザクのセットをラインナップに投入した。
 この理由は,様々考えられるが,おそらくガンダムという「売り」が必要であったこと,OVAであるため,以降のプラモデルの展開が中止になる可能性もあったこと,があげられると思われる。
 さらに模型自体のフォーマットにも,平成ガンダムシリーズのキットとは大きく異なる点が存在した。すなわち,1/144スケールのHGとして投入された,ということである。(※2)
 Vガンダム以降のプラモデルシリーズでは,1/144スケールが簡易型,1/100スケールがHGとして上級者向けという形で投入されていたのであるが,08小隊のキットでは1/144スケールを上級者向けの主ラインで投入するという形になったのである。

 思い切った路線をとった08小隊シリーズのプラモデルだが,ガンダムXが打ち切られたように,08小隊のOVA展開も順風満帆といった訳ではなかった。監督の神田氏が倒れ,急逝したのである。
 これによってOVAシリーズは中断,プラモデルシリーズの展開も第2弾の陸戦型ジムの発売をもって中断となってしまった。

 一方,サンライズ側ではもう一つのガンダムシリーズOVAが企画されていた。これが「エンドレスワルツ」であり,それと同時展開でプラモデルと漫画連載によるアナザーストーリーも企画された。それが「G-UNIT」である。
 これら2つのストーリーは,人気が継続していたガンダムWのアナザーストーリーとして企画されたものである。
 もちろんバンダイとしてもガンダムX,08小隊と2つのシリーズが止まってしまったこともあり,97〜98年前半にかけて,この2ラインを積極的にキット化することとなった。(※3)
 エンドレスワルツは,既存の1/100シェンロンの金型を流用した1/100ガンダムナタクが発売され,その後ウイングゼロ,トールギス靴鯣売,G-UNITは,ジェミナスをはじめとする機体が1/144スケールで発売された。この2ラインは,いずれもHGとして商品化されており,バンダイ側も力を入れたキットとなっていた。

 ところがここでも想定外のことが立て続けに起こる。
 G-UNITの漫画の掲載媒体は,コミックボンボンとホビージャパンが新たに創刊したコミックジャパンが当てられることとなっていた。だが,そのコミックジャパンが1号発売の直後にいきなり休刊となってしまったのである。
 そのため,展開媒体が児童誌であるボンボンのみとなってしまい,G-UNITシリーズの知名度は圧倒的に低いものとなってしまった。ボンボン誌上では,G-UNITの特長を生かしたオリジナル組み替えなどが掲載されていたが,いかんせん,それ以外での展開が無かったのである。
 また,G-UNITシリーズの仕様がHGであったため,細かいパーツも多く低学年層への配慮が欠けた(※4)プラモデルとなっていたこともあり,バンダイの思惑とは逆に売れないシリーズとなってしまったのである。

 一方,エンドレスワルツのプラモデルシリーズは,最初が1/100スケールであったこととかつてのウイングシリーズの牽引役となった新たなファン層(すなわち女性層)とのニーズが一致したことと,カトキハジメ氏のリデザインによるMSに飛びついたファン層(※5),さらに比較的作りやすかったこともあり児童層まで加わった相乗効果により,1/100スケールながらヒットとなった。
 結果,G-UNITシリーズは,とりあえず登場したガンダムタイプのキット化は行われたのだが,ボンボン誌上のときた洸一氏の連載の終了とともに尻すぼみ的に展開が終わってしまった。一方,エンドレスワルツシリーズは,半年後の98年1月から怒濤のキット化が始まるのである。
 この流れは,堰を切ったように進み,まず1/100スケールで5機のガンダムが勢揃いする。これは,テレビ版の時には実現しなかったことである。さらに,キットの展開は止まらず,続いて1/144スケールでも全機がキット化されることになったのである。(蛇足ながら,敵方の量産型MSであるサーペントも両スケールでキット化されており,いかにこのシリーズがヒットしていたかわかるだろう。)(※6)

 この1/144スケールのエンドレスワルツシリーズのキットは,HGFA(ハイグレード・ファイティングアクション)と名付けられたアクション専用のパーツが同梱されたキットとなった。これは,ガンダムWのMSの(これまでのMS以上に特徴的な)アクションポーズを再現するためのもので,通常のプラモデルの間接構造では再現不可能なものを演出できるようにしたものである。一方向からの限定となるが,非常に見栄えのいいポーズで飾ることができるという特徴があった。(※7)

 一方,この流れと時を同じくして,08小隊のOVAも発売が再開されていた。飯田馬之介氏が監督を引き継ぎ,神田氏の方向性とは異なったものとはなったが,非常に外連味あるキャラと話の展開となり,印象的なMSも多数登場することとなったのである。
「宇宙世紀モノ」のキットが,マスターグレードのみとなっていたこともあり,08小隊のキットの再開もユーザー側から待望されていたのである。

 ここにおいて登場したキットがグフカスタムであった。このキットは,劇中で非常に印象的な活躍をしたノリスの機体であり,かつてのランバ・ラル機同様,非常に人気が出たのである。
 そしてもう一つこのキットがターニングポイントとなった点がある。それは,おまけとしてつけられていた一つのパーツであった。グフカスタムには,おまけとして左手の5連マシンガンのパーツがついていたのだが,このパーツを使用することで,いわば「カトキ版グフ」を作ることが可能であったのだ。
 これをみたバンダイ側,ユーザー側からの要望がある一点で一致することとなる。それが1/144スケールでのモビルスーツのリメイクであった。(この項[18]に続く)

※1 様々な問題

 この当時は,まだジオン視点の作品に躊躇があったのは事実である。
 だが,実際にはそれ以外の問題として,商品化の際の売りの問題があった。
 やはり,「ガンダム」が必要だったのである。

※2 1/144スケールのHGとして投入された

 結果論であるが,ここにおいて,旧HGでユーザーが望んでいたザクのHG化が実現したことになる。

※3 この2ラインを積極的にキット化する

 実際には少々異なっており,バンダイが積極的に動いたのはG-UNITのほうである。
 これはプラモデルの発売時期をみると明白で,G-UNITが97年5月から連続で発売されたのに対して,エンドレスワルツは,97年2月に1/100アルトロン,同4月に1/100ウイングゼロ,同6月に1/100トールギス靴鯣売した後にブランクがあいている。
 だが,実際の動きは本文に記したとおりである。

※4 低学年層への配慮が欠けた

 ここは少々記憶が曖昧なのだが,当時まだ安全対策としての処置は行われていなかったように記憶している。
 現在のように,ガンダムのアンテナに出っ張りなどがつけられるようになったのは,この後だったはずである。

※5 カトキハジメ氏のリデザインによるMSに飛びついたファン層

 あのウイングゼロのデザインでもセンチネル層はカトキ氏から離れていったわけではなかった。(ある意味,エンドレスワルツのデザイン群は,センチネルで提唱されたMS像とは真逆である。)
 結局,センチネルではなく「カトキデザイン」のファン層が確立していたのである。
 これは,シリーズ第3弾がトールギス靴任△辰燭海箸眤腓かった。このキットは,コンパチで通常のトールギスも製作できたのである。

※6 いかにこのシリーズがヒットしていたかわかる

 14項で軽く触れたが,両スケールで(リーオーを除いてだが)主要モビルスーツがすべて立体化されたということはかなりの出来事である。しかも,再編集版の劇場版もまたスマッシュヒットとなり,それにあわせ劇場のみで発売されたメッキ/クリアの複合版キットも一般発売される事態にまでなったのである。
 このキットは,20周年記念として∀ガンダムが発表されているのにもかかわらず20周年記念キットとして発売されたのである。

※7 非常に見栄えのいいポーズで飾ることができる

 このラインは,HGUCのメモリアルアクション,ガンダムSEEDシリーズの特徴的なポーズに引き継がれているだろう。


 18.∀ガンダムとHGUCシリーズ〜再びTVシリーズ,だが,ガンプラは……

(17より続く)
 第08MS小隊のHGシリーズは,比較的低価格でありながら,非常に高いクオリティであり,比較的好評をもって受け入れられたことは先に記した。
グフカスタムのスマッシュヒットを受けて,バンダイ内部である企画が動き始める。
それこそがHGUCであった。
 一方,この年はガンダム20周年でもあり,すでにサンライズから新作としての∀ガンダムが発表されており,放映も始まろうとしていた。

 ガンプラとしては,前年末に発売された20周年記念仕様(メッキ&クリアパーツ)のエンドレスワルツHGシリーズは,価格帯のネックもあり,動きはそれほどであったが,1/100HGと1/144HGFAは順調に推移が続いていた。
 そして,宇宙世紀モノを渇望していた層には,MGと08小隊のキットが堅調であり,再びMGの時のような旧キットのリメイク作品などが模型誌誌面を飾ることも多くなっていた。

 そんな中の新作アニメである,期待されないはずがない。
 だが,想像以上の衝撃がユーザーを襲うこととなった。

 そう,「ヒゲ」の衝撃である。(※1)
 すさまじい勢いで噴出する非難の嵐!
 ∀,フラット,ウォドム,そしてスモー・・初期に発表されたMSは,いずれも既存のラインとは大きく異なった機体となっており,ユーザー側がそれを受け入れるには,あまりにもかけ離れたデザインであったのである。
 さらに追い打ちをかけるように発表されたカプル,そして・・ザク(ボルジャーノン)。富野監督の言葉である「全肯定」を示したかのようなオープニングフィルム,既存のUC的な世界観を期待していたユーザーの価値観をぶちこわすかのような牧歌的世界観,一言で言えばすべてが裏をかいたような作品が「∀ガンダム」という作品であったのだ。

 しかし,放映が始まり,徐々にストーリーが進むと評価が大きく変わってくることとなる。そう,何よりも作品がおもしろい(※2)のである
 ストーリーは見せ場があり,MSは戦闘以外でも活用される,そういった味のある演出が徐々にユーザーを引きつけていったのである。(※3)
 だが,悲しいかな,作品自体の視聴率はやはりそれほどではなかったのである。(とはいえ,そこまで悪いというレベルともいえないのだが。)
 キー局であるフジテレビは,デイタイムの放映と,深夜の再放送という思い切った編成を行ったこともあり,コアなファンには評判がよかったのだが,逆に言えばデイタイムの放映時に見せたかった層には今ひとつ訴える力が弱かった,ということなのであろう。(実際,低学年層への訴求力はそれほどでもなく,後述するがキットもそういった年齢層には売れていないのである。)

 結果的に,∀ガンダムは,「物語を楽しみたい層」には評判のいい作品になっていることは間違いないだろう。だが,一方で,肝心要のグッズ購入層に対しては訴求力の弱い作品であることもまた間違いないのである。
 ガンダム関連のグッズとして大きなウェイトを占めるガンプラでは,∀ガンダムシリーズは,実に数少ない商品が製品化された(※4)に過ぎない。
 いずれのキットも500円程度の低価格キットでありながら,フォルムもうまくまとめられた好キットであるにもかかわらず,である。
 つまりは「売れていない」のである。

 実はガンダムWの頃から,グッズの売り方にも変化が生じてきている。主力であったガンプラだけではなく,ビデオなどの映像そのものが売れていくという傾向が出てきていたのである。
 すでに,そのころから視聴率を獲得することよりも,映像ソフトやグッズの売り上げでペイする作品を製作する方向性が打ち出され始めており,これがテレビ作品についても同じような傾向が出てきていたのである。
 放映中から,映像ソフト化し,その売り上げで制作費などをペイするといった方向性の作品は,それ自体が売り上げとなるため,放映はあくまでプロモーションであるという認識をもてればいい。テレビで放映することで,アニメ誌などだけでのプロモーションよりも明らかに売り上げが上昇するということもあり,「OVAのテレビ放映」とも揶揄される短期シリーズの定着が,∀ガンダムの頃にはすでになされていた。(※5)
 そのため,ガンプラの売り上げだけではなく,トータルでペイできる環境を作り上げることに作品自体がシフトしていたとも考えられるのである。

 さらに∀ガンダムのガンプラにとって不幸だったのは,先の08小隊のキットが好評だったこともあり,新たなプラモデルシリーズ「HGUC」が立ち上げられたこともあった。
 ∀ガンダムの1/144スケールキットが発売された翌月,発売されたガンキャノンをもって,大々的にスタートしたHGUCは,既存のガンプラファンが望んでいた「宇宙世紀モノ」,「1/144リメイク」,「カトキリニューアル」などの要素で製品化されており,アニメフィルムよりのフォルムアレンジであることもあって,MGの少々尖ったアレンジを受け入れがたい人でもストレートに受け入れることが可能であった。(さらに比較的ストレスの少ない組み立てであることも大きかった。)
 また,第2弾にギャンを選択するなど,ユーザー側に買い続けていけば色々なマイナーMSでもキット化の可能性があるのではないかという期待を持たせることにも成功したのである。(※6)
 これは,プラモデルを製作する層にとっては,「∀ガンダムは作品を見て楽しみ,プラモデルはHGUCを作るというスタンスの棲み分けができた」ということを表しており,結果的にこれが元で,∀ガンダムのキットシリーズはその数が少なくなったのではないかと思われるのである。(※7)

 このユーザー側のスタンスというものは,すでにガンダムWの頃から見られていたものであるが,これが堅調化し,ターゲット別の作品という,ガンダム作品の製作姿勢に現れ始めるのである。(※8)

 そして,その究極ともいえる作品が誕生する。
 そう,ガンダムSEEDとSDガンダムフォースである。

※1 「ヒゲ」の衝撃

 個人的意見で申し訳ないのだが,実は筆者は違った意味で∀に違和感を感じていた。
 あのデザインが,シド・ミードのデザインではないような感覚を受けたのである。後に明らかになるわけだが,公表された設定画は重田氏によるクリンナップ稿であり,線質がミード氏とは異なっていたための違和感であった。
 つまり,筆者個人はミード氏に違和感を感じていたわけではなかったのである。(まぁ,ブレードランナーであのデザインを知り,Zガンダムの頃のポスターやYAMATOにも違和感を感じなかった人間なので・・・^^;)

※2 おもしろい

 感じ方は人それぞれなので,「おもしろい」という断定はあまり行いたくないのだが,ここは論調の流れでこのように表現している。
 筆者個人は,「味がある」という言葉で当時は表現していた。
 戦闘がほとんどない放映回も存在したのだが,MS自体の存在感はそういった回でも間違いなく存在したし,そういった回ではキャラクタの動きが非常におもしろいことが多かった。
 つまり,話としての見せ方が非常にうまいのである。
 これは,SEEDとは同じような言われ方をしても,結果的に究極の立場にあることを意味しているのではないかと思っている。(つまりは,「脚本と演出」だろう。)

※3 徐々にユーザーを引きつけていった

 その結果,「∀ガンダムは動けば格好いい」という意見がかつての否定側から多数生じ,一部から冷笑されていたのは知っての通りである。

※4 製品化

 フラット,カプル,∀ガンダム,スモー(2種),ターンXのみに過ぎない。
 これは,1年放映の作品としてはきわめて少ない量である。

※5 ∀ガンダムの頃

 すでにこの頃にはDVDの普及も進んでおり,地上波放映よりも高クオリティで作品を視聴できるという環境もできていたため,放映を録画した人でも映像ソフトを購入する可能性というのは高くなりつつあった。

※6 期待を持たせることにも成功した

 実際,第3弾はザク轡スタム(マシュマー機),第4弾はキュベレイ(旧キットは1/220)と,すでに既存のキットのリメイクでは無くなっているのである。
 この時点で,新規キットの開発シリーズとしての下地もできあがっており,01/10のゼク・アインや05/09のガンダムTR-1ヘイズル改のように,再シリーズ化/新規シリーズ化では製品化が難しい機体ですらキット化されることが行われている。
 ユーザー側もそれを感じ取っており,「○○の製品化を」という漠然としたニュアンスから「MG(HGUC)で○○を」といった要望に変化している。
 実際,ヘイズルがキット化され,あまつさえMGでアッガイが製品化されるという状況であり,ペイできる価格帯とタイミングさえ一致すれば,かなりの商品を展開できるシリーズとなったのがHGUCといえるだろう。

※7 ∀ガンダムのキットシリーズはその数が少なくなった

 しかしながら,魅力的なMSが∀ガンダムには多かったことも事実で,それらのキット化を望む声は多かった。
 だが,当時としてはやはり製品化するレベルには達しなかったというのが真相であろう。それ故に,∀ガンダムのキットは,カプルなど非常に品薄になるなどの弊害もあり,これは現在でも大差ない状況である。(再販は瞬殺され,オークションでも高値が付くことがある。)
 ちなみに,同様に被害(笑)を被ったキットシリーズにGセイバーも挙げていいだろう。このキットはクオリティ的には非常に高いのだが,作品自体が不遇で(できも少々・・)あったことと時期が人気キットである0083シリーズのHGUCの発売時期とかち合ったことが影響し,1種のみの販売であった。(本来,テラインも予定されていたのだが・・)

※8 ターゲット別の作品という,ガンダム作品の製作姿勢

 「ガンダムという作品」ではなく,「ガンダムというジャンル」という表現方法が登場したのがこの頃である。(確か,宝島社のムックか雑誌で最初に使われたように記憶している。)
 すなわち,旧来のファン向け,新規ファン向けといった言葉が制作者側からも聞かれるようになったのがこの頃であり,「ガンダム」という名称のついた作品だけを特別視する時代はとうの昔に終焉したということであろう。
 それでも「ガンダム」という名称があるだけで売り上げが違うのは事実だが,これについては「仮面ライダー」も「ウルトラマン」も同様である。


 19.21世紀のガンダム,機動戦士ガンダムSEEDとSDガンダムフォース〜大ヒットそして大誤算

 前項で,ユーザー別にターゲットを絞った作品がついに登場した,とまとめたが,その作品こそが,ガンダムSEEDとSDガンダムフォースである。
前者は,「21世紀のファーストガンダム」を謳い文句に新規ユーザーの囲い込みを目指した作品として企画され,後者はいわゆるキッズアニメとして企画されたという大きな相違点が存在する。
 すなわち,始めから明確にターゲットを絞った作品として用意されたものであるということである。

 これまでのガンダム作品が,比較的ターゲットを絞り切れていなかった事からすると,この2作品の思い切ったターゲット設定は,「ガンダムというジャンル」が完全に明確化したと言っても過言ではない。

 SDガンダムフォースは,フルCGアニメーションとして制作され,アメリカで先行放映するという,思い切ったシフトで放映された。
 アメリカ側では,第1期26話が好調であり,日本での放映が決定する前に既に第2期の制作が決定していたほどである。
 日本での放映が決定した際には,この放映スケジュールを1年52話として,アメリカにおける第1期,第2期を続けて放映するというスケジュールとなった。
 ところが,SDガンダムフォースにとって不幸だったのが,キー局の問題であった。
 本来キッズアニメであるSDガンダムフォースは,低年齢層に幅広く視聴する環境を作り出し,それによって商材を展開するタイプの作品である。(簡単に言えば,アンパンマンタイプの売り方。)つまり,視聴できない地域では,全く持って商売にならない可能性が高い作品であるということなのである。
 実際,DVDもセル版が存在せず,レンタル版だけという状況であり,この放映されていない状況でどのくらいのレンタル店がDVDを仕入れるのか,といういわば悪循環により,本来のターゲットに見てもらえない作品になってしまったのである。
 実際,第2部はともかく(※1)第1部はかなり受けが良いのである。(※2)
 いかに「放映されていない」ことが悪影響を与えていたか,である。
 また,商材の展開についてもそういった意味では問題点が無かったとは言えない。
 低価格プラモデルは,それなりの販売実績を上げているのだが,メインとなるはずだったアクションフィギュアが全く持ってダメだったのである。これは日本とアメリカの商材の好みの問題も有ったかと思われる。(現在でも韓国バンダイからフレクションは新作が発売されており,その点でアクションフィギュアが国内で売りにくいことが判るだろう。)

 一方,ガンダムSEEDの方は,SDガンダムフォースとは逆の展開となった。
 SDガンダムフォースの製作が発表された2002年春頃には,既にSEEDの製作もあきらかとなっており,秋の放映を待つだけといった状況であった。
 しかし,「21世紀のファーストガンダム」のキャッチフレーズに関して様々な賛否両論が飛び交っていた時期でもあったのである。
 ここにおいて,バンダイは思い切った決断を下すこととなる。
 すなわち,「可動しないガンプラ」の発売である。
 ガンダムSEED以前のガンプラは,既にHGクラスの商材が当然のような状況となっており,前作である∀ガンダムもHGとカテゴライズはされていないが,1/100クラスは,HG並みのパーツで構成されていたのである。
 ガンダムSEEDでは,この現状に同スケールに2つのラインを投入するという解決案を提示して見せたのである。
 コレクションシリーズと呼ばれる新シリーズは,手足の関節可動を省略し,パーツ数を押さえることで手軽に組み立てることが可能な製品とし,価格を低価格に押さえ込むことに成功した。このバンダイの英断に対して,既存の模型誌(特にMG誌)は,どちらかといえば否定的/懐疑的な論調を取った。だが,結果的にこれが当たったのである。
また,第1弾(キットナンバーは「00」)がいきなりMSVである「アストレイ」だったこともSEEDシリーズのキット展開がこれまでの殻を破ったものであることは明らかだろう。

 先にも記したが,この英断は結果的に「吉」とでる。
 第2弾のストライクは,100万個以上を売り上げ,かつての「1/144ガンダム」以来の大ヒットとなったのである。
 これは,MGやHGUCすらも為し得なかった快挙ともいえ,潜在的なプラモデル人口はかなりのものであることを証明したのである。
 このコレクションシリーズのヒットは,低年齢層の間口を広げたとともに,コンビニ流通などの展開により,模型店などに立ち寄らない層にもプラモデルを印象づけることに成功した。また,ガンダムSEEDという「作品自体の方向性」もこれを後押しする結果となったのである。
 なんだかんだ言いながらも,初期の番組では各機体が印象的な動きを見せていた。また,ガンダムW以来の女性ファンについてもこの作品では人気の萌芽が早くから見えていたのである。これは,簡易キットであるコレクションシリーズのターゲットとしていた層とも一致する結果となったことは間違いないだろう。

 さらに,コレクションシリーズのヒットは,もう一つの副産物を模型店にもたらした。思い出してみてほしい,ガンダムSEED初期の頃の模型店の店頭や児童誌などでは,子供たちの作った作品が並んでいたのである。最初は素組で,シールに飽きたらマジックや塗料で塗装してみる・・そういった流れが模型店に再び戻ってきたのである。(※3)

 バンダイ側もその辺をわかってか,プロモーションも積極的に行っており,ガンダムSEEDシリーズは,近年類を見ないアイテム数となった。
 そしてその流れはSEED-MSVへと継続するのだが……
(この項,次項へと続く)

※1 第2部はともかく

 実のところ,第2部の当初,すなわちミノフス境界におけるストーリーは,その単調さもあり,子供達に見せてもいい反応が返ってこない。
 しかし,後半の天宮編になるとまた盛り上がってくるため,実のところ全体を通して,比較的好調と言っても間違いではないだろう。

※2 受けが良い

 こちらでは,放映されていなかったのだが録画した物を送付してもらい,プラモデルを買いに来た子供達に見せると,それなりの評判で,プラモデルも売れるといった状況であった。
 だが,見たことのない子供達は,やはり手に取らないのである。

※3 そういった流れが模型店に再び戻ってきた

 実はもう一つ大きな要因がある。
 それは,クラッシュギアの大ヒットである。
 バンダイがスポンサードしたクラッシュギアのヒットは,「自分自身のギア」を作る楽しみを子供たちにもたらした。
 これは,かつてのミニ四駆ブームと同様であり,オリジナルの塗装や改造を子供たちが楽しむ素地ができていたのである。
 そこに低価格の子供たちの小遣いでも楽しめるコレクションシリーズの投入である。流れ的には,かつてのガンプラブームに近いものが起きていたといっていいだろう。


 20.SEED-MSVと機動戦士ガンダムSEED DESTINY〜路線の失敗は何をもたらすのか?

(前項より続く)
 ガンダムSEEDの放映が終了すると,模型シーンはSEED-MSVへと移行する。
SEEDの場合,放映中からMSVが展開していたことと,MSVがアストレイと本編に密接にリンクしていたことが大きく,その認知度が高いことが大きなメリットであった。
実際,模型店店頭で流されるプロモーションは,新たなアニメーションで様々な機体を描きあげ,(店頭ビデオを上映できた店舗では)それらの機体の売り上げに貢献があったとされている。

 また,ガンダムA,少年エース,ホビージャパン,電撃ホビーマガジン,ザ・スニーカーと展開媒体だけでもかなりの数であり,実際本編に勝るとも劣らない認知度があったのも事実である。(※1)

 だが,人気のあったMSVもわずか7アイテム(+1/100アストレイシリーズ)で中断となってしまう。(※2)
 続編である「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」(以下SEED2)の放映が行われることになったためである。
 SEED2は,新たな主人公を設定し,ザフト側からの視点で描く・・・当初発表されたコメントは,このようなものであった。しかし,発表されたデザインは,悪く言えばストライクの焼き直しにしか過ぎなかった。(※3)
当然のように各所では批判が巻き起こり,さらには「ザク」の投入に関しても,すさまじい非難が巻き起こったのである。

 放映が開始されたSEED2は,最初の数話からすでにMSの扱いについて問題視されるような描写が多発することとなる。素材(MSや設定)はいいのに脚本が・・・ひとことでまとめるとこういった内容になるだろうか・・・といった意見が噴出し,作品自体への不満も前作以上に噴出することとなった。
 プラモデルでもこの流れは似たようなものであった。
 キット展開が,前作はまだうまくいっていたほうだが,SEED2では番組中での扱いとキット販売のタイミングがうまくいっていないことが当初から明らかであった。
 SEEDでは,コレクションシリーズのストライクの発売からHGの発売のタイミングが絶妙で,双方のキットが売れるタイミングがあった。しかし,今作のインパルスは,当初から1/100が投入され,コレクションシリーズは見向きもされない状況となったのである。
一方,既存のガンプラファンも当初からHGの投入がわかっていたこともあり,コレクションシリーズに手を出さない状況が続いた。
 前作のように,キット化が想定されないようなMSがキット化されるという事態もなく,HGとコレクションシリーズで同じものがそのまま発売されているだけであったのだ。(※4)
 これではできのいいHGシリーズに客が流れてしまうのは当然であろう。
 おまけに,作中でのMSの扱いが悪く(※5),コレクションシリーズのターゲットであったはずの低年齢層には全く訴える力がないといった状況である。売り上げが見込みにくいという意味では,全くもって想定外の事態であったと言えるだろう。

 前作同様,アニメ作品としてのSEED2のターゲットは,明らかに現状のガンダムファンではない。それもかなり限られたターゲットに絞られてしまったのは間違いないだろう。
 また,同様にMSを目当てにしている層にもターゲットとならない作品となっている。
そのため,本来の商材であるガンプラなどは全くふるわない結果となってしまった。(※6)

 結果論だが,SEED-MSVシリーズを人気MSが残っている段階で中断していたのは,この後のSEEDシリーズの展開を行う上ではプラスとなるだろう。
 だが,せっかくSEEDで囲い込みに成功した低年齢層をそのままプラモデルのユーザーとして残しておけるかどうかは,この後の展開にかかっているとも言えたのである。

※1 本編に勝るとも劣らない認知度があったのも事実

 もう一つは,やはり「既存のガンダムファン」には,SEEDという作品が受け入れがたいフォーマットだったことが挙げられるだろう。
 そのため,既存のフォーマットに近い展開となったアストレイやMSVが受け入れられやすいという結果になったのである。
 むろん,脚本がどうとか,そういった要素は挙げればきりがないのだが,ここで注目してほしいのは,「ターゲットが振り分けられていた」という事実である。
 「ガンダムというジャンル」の中で,「既存のファンに向けて展開されたジャンル」がアストレイやMSVであったという認識ができるかどうか,がバンダイ側の仕掛けではないのかと最近思えて仕方がない。

※2 わずか7アイテム

 これは,今だから言えるのであるが,意識的に7アイテムでストップしたのではないかという感覚を私は持っている。
 商品化すれば,それなりのペイが見込める対象がまだかなり残っている段階で,展開を中断するという方法論は,これまでのバンダイの考え方からすると少々異質ではあった。
 単にSEED DESTINYシリーズとSEED-MSVシリーズを平行展開すればいいだけの話であったわけである。それをしなかったのは,結果論的に言えば成功といえるのかもしれない。

※3 ストライクの焼き直し

 文意上こう書いたが,個人的にインパルスは嫌いではない。(ザクも同様)
 しかしながら本文中でも触れたが,あまりにも扱いが悪かった・・・・

※4 同じものが発売される

 実際,SEED2では,ブラストインパルス以外すべてHGで発売されているのである。
 それどころか,HGのほうがコレクションシリーズよりもアイテム数が多く,本来の趣旨から言えば本末転倒な状態であることは明らかだろう。

※5 作中でのMSの扱いが悪く

 あまりにもMSの扱いが悪すぎることは言うまでもないだろう。
 たとえば,インパルスやザクの特徴であるシルエットシステムやウィザードシステムが生かされた運用だったかというと,全くもってそんなことはない。
 インパルスは,各シルエットが効果的に使用されていたとはとても言い難く,あの分離合体ですら,効果的に使用されたのはローエングリン砲破壊,ザムザザー戦,フリーダム戦くらいの物ではないだろうか。(とりあえず,チェスト/レッグフライヤーがあのような複雑な飛行をする,という点は置いておいてだが)
 一方,ザクの方もほとんど固定されたウィザードしか使用して無かったため,実にウィザードシステムの印象が薄いのである。(結果的にMSVで日の目を見ただけであろう・・)

※6 まったくふるわない

 とはいえ,DVDなどの売り上げは結果的に作品をペイするレベルにある。
 作品についてぐだぐだ言っているガンダムファン(もちろん筆者を含めてだが)にとってみれば,認めたくないことであろうが,完全に「失敗作」と言い切れない点が,この作品を微妙な位置に置いているのである。


 21.新たなターゲットを求めて〜ガンプラのジャンル化の加速〜

 [20]で語ったSEED2が2004年に放映終了し,再び「ガンダム」を媒体とするアニメはブラウン管から姿を消した。
 しかし,賛否両論激しいとはいえ,結果的に「機動戦士ガンダムSEED」,「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」というアニメ作品が,「ガンダムというジャンル」に与えた影響は大きな物となった。
 かつてはガンプラの売り上げが作品を決定づける大きな要素(すなわち,制作費の出所)であったのだが,∀ガンダム以降,そういった「ガンプラのみに頼らない」作品も成立していっているのである。

 2004年以降のガンプラのフォーマットを見てもらうとこの点ははっきりしてくるだろう。
 これまで,作品ごとに提供されていた(すなわち,○○シリーズとして)ガンプラが,いくつかのラインに集約された形で提供されるようになっているのである。

 まず,SEED2では,メインとなる1/144 HGシリーズは,「機動戦士ガンダムSEED DESTINYシリーズ」ではなく,「HG SEEDシリーズ」としてSEEDのHGシリーズと連番で展開されることとなった。また,1/100シリーズは,番号こそSEED2シリーズとしてふり直しとなっているが,実質的にはMSVまで含んだシリーズとして提供されており,真の意味でSEED2シリーズとして発売されたのはコレクションシリーズだけと言っても過言ではないのである。
 さらに,2006年に展開されたSTARGAZARシリーズも,1/144 HGで展開されたため,HG SEEDシリーズとして連番展開されているのである。
 つまり,コズミック・イラ世界のプラモデルシリーズは,1/144 HG SEEDシリーズと1/100シリーズ(番号はSEED2シリーズと連番)に集約されたのである。

 また,宇宙世紀作品は,作品ごとの展開ではなく,「HGUCシリーズ」での展開となっている。
 MS-IGLOOやAOZ,ハーモニー・オブ・ガンダムetc.,「新規シリーズ」ではなく,「HGUCシリーズの内部での1ライン」という形で,新たな作品群が提供されているのである。
この流れが,これから先も継続するのか,それとも変更されるのかについては,2007年のTVアニメ新作を見てみないと判らないのだが,基本的に宇宙世紀作品ならば「HGUCシリーズ」での展開で何ら問題が無いように思える。

 MGシリーズ,PGシリーズは,各ガンダム作品の機体をピックアップして取り上げる形で,展開している。既に投入されたクロスボーン・ガンダムの様に,漫画媒体の機体であっても価格と売り上げのバランスが見込めるならば製品化されるということがここでも判るのである。

 上記のように,SEED2の終了後は,ラインがきちんとした形でまとまっているのが特徴である。これは,ガンプラそのものがジャンル化し,さらにそれを細分化してきた結果だと思われるのである。

 これを証明するかのような新ラインが,2006/09に投入された。

 すなわち,U.C.HARD GRAPH(以下,ハードグラフ)である。
 ハードグラフは,明らかに既存のガンプラ購入層をターゲットにした製品ではない。
 ハードグラフが製品化する作品が,1つのアニメ作品に限定していない点は,HGUCシリーズなどと変わるところはないのである。実際に,第1弾,第2弾は機動戦士ガンダムから,第3弾は08小隊からの商品化であり,特にターゲットとなる作品が限定されているわけではないのである。
 しかし,ハードグラフを特徴づけているのは,その1/35というスケールと中心となるアイテムが「MSではない」という事なのである。第1弾のメインが「ワッパ」であり,第2弾のメインが「ランバ・ラル隊とバイク」(ザクではないのだ),第3弾が「ホバートラックと08小隊員」なのである。
 つまりは,ミリタリー方面に特化したシリーズであるといえるのである。これはかつてのガンプラブーム時に,それを支えた高年齢層の持っていたスキルを再びガンプラに投入したという解釈でいいのではないのだろうか。

 現在では,キャラクタキット(極論すればガンプラ)だけしか作ったことのないユーザーも多い。しかし,かつてのガンプラブーム時には,多くが戦車や戦闘機,船といったプラモデルの製作を経験していた層だったのである。
 こういったモデルに必要なスキルを再び要求されるキットとして登場したのが「ハードグラフ」というキットシリーズであると言えるだろう。(実際,キットのパーツは通常のガンプラに比べて,薄い,細い,といったものが多く,さらには接着剤も必要なのである。ハセガワやコトブキヤのキャラキットですらスナップフィットが当たり前になっている昨今,これは思い切った仕様だろう。)

 かつてバンダイは1/48のミリタリーシリーズで非常に評価が高かったメーカーである。
 その点では,バンダイの面目躍如とも言えるこのシリーズが,どういった展開をしていくのか,非常に興味深いものである。
 更に言えば,これらのラインナップの分割は,これから先のガンダム作品(アニメや漫画など)にも大きな影響を与えると思われる。
 これから数年間(あるいはそれ以上),非常に興味深いといっていいだろう。


 22.ターゲットの細分化〜新機軸・機動戦士ガンダムOO

 2007年6月2日,TBSで放映中の「地球へ…」の枠内で一本のスポットが流れた。
 機動戦士ガンダムOOの放映告知であった。

 もちろん(ある程度の情報は漏れていたとはいえ)完全な不意打ちであり,ユーザー側としては,一種混乱した状態となった。その後,様々な媒体で作品情報や商品情報が次々と発表されていったのだが,現時点では既存の完成品玩具(HCM Pro.,MS in Actionなど)とプラモデルシリーズでの展開は確認されている。

 ここで注目したいのが,プラモデルラインナップである。

 現時点で確定し,様々な情報が流れているのが,1/144 ファーストグレードシリーズである。通称FGとされるこのシリーズは,かつて発売された「ファーストガンダムのリメイクを意味する」FGとは異なり,「初心者向け導入シリーズを意味する」ファーストグレードとして提供される物である。
 基本的なキット仕様は,SEED,SEED2で提供されたコレクションシリーズをさらにブラッシュアップしたもので,簡易なパーツ分割とユニット化されたポリパーツにより,組み立てる手間はコレクションシリーズ程度でありながら,関節可動も実現した,というものである。価格帯も600円程度と,わずかなコストアップに押さえ込まれている。
 このフォーマットは,SEEDシリーズで得られた新規ファン獲得の為の手法をより発展させたものであるといえるだろう。同時にHGシリーズも展開されることが決定しているが,このFGが,SEED2の時と異なり,ある程度の新規層の発掘に寄与することがあったならば,次作(ガンダムOOの次である)でも,このフォーマットは継続する物と考えられる。

 同時に展開されるHGシリーズは,ガンダムOOがシリーズ展開されるとした場合,その基本ラインとして機能すると思われるのである。(1/100や1/60に関しては,おそらく他の作品同様,番組タイトルを冠した単発シリーズになる物と思われる。)


 最後に(第22項編集時点)

 前回の脱稿から10ヶ月,再び新たなガンダム作品が登場したことにより,ガンプラ雑記もバージョンアップを行った。
 さすがに,様々な点で予想とは異なった部分も出て来ているのが,なかなか興味深いと個人的には感じている。

 実は,この時点でまとめたのは「あえて,ガンダムOOの放映前に新たなガンプラフォーマットを予測する」という考えがあったからである。(もう一つは,盆休みでちょっとだけ余裕があった,ということなのだがw)
 前回予想していた販売ラインの集約という面では,ある程度予測通りという形で展開している。(もちろんガンダムOOについては,予測外の部分が大きいのだが。)

 HGUCでは,第二稿の脱稿後に「戦慄の蒼」や,「ハーモニー・オブ・ガンダム」の様々な機体が追加され,「宇宙世紀作品の発売シリーズ」としての立場をより明確化している。
 同様にMGやPGは,それぞれのスタンスでのシリーズとしての特徴を明確化しており,MGの100番目の商品として,∀ガンダムの発売が実現したのは,MGがHGUCとは異なったガンダムシリーズ全てを横断したシリーズ媒体として機能していることを明確に示した物と考えられるのである。
 また,ハードグラフはゆっくりとしたペースではあるが,確実にそういったものを望んでいるファンに受け入れられていっている。(アーマーモデリング誌の連載は,そういった意味でも重要である。

 そして,SEEDシリーズは,現在もSTARGAZERシリーズに続いて,SEED2で商品化されなかったアイテムであるイザーク専用グフやディアッカ専用ザクなどがHG SEEDシリーズで展開が続いている。(単に打ち切るのなら,スターゲイザーで止めても良かったはずである。)

 ラインの集約という面では,ここまでは想定通りである。
 今秋よりスタートする機動戦士ガンダムOOでは,現時点では複数のシリーズラインナップが確認できる状態である。(22参照)
 しかし,このラインもあくまで「番組放映時のラインナップ」として登場し,その後整理されるのではないだろうか。それも,ガンダムOOがどのくらいのヒットとなるか,にかかっていると思われる。
 複数の関連作品(外伝等)が展開されたとき,HGOOシリーズなどに集約されるのではないだろうか。逆に言えば,ヒットしなかった場合,単に番組放映時のみのラインナップだけで終了してしまうだろう。(その後も,特定シリーズではなく,単に「当時の再版」という形で終了してしまうと考えられる。)

 機動戦士ガンダム・ユニコーンという宇宙世紀作品の切り札の商品化を控えた現在,ガンダムOOのキットがもたらす影響は,意外に大きいのかも知れない。


第一稿後書き(第一期/第二期)

 ガンプラは,四半世紀を過ぎてもアイテムが増え続けているきわめて珍しいアイテムである。これは「プラモデル」という媒体だからこそ為し得たともいえるのだが,やはり「キャラクターもの」であるという宿命からは逃げ切れないのも事実であろう。コンスタントに売れ続ける第2次世界大戦時の戦車や飛行機といった物とは異なり,どうしても「引っ張るだけの媒体」が他に必要となってしまうのである。

 その点で言えば,SEEDはそうなり得たが,SEED2はなり得なかった。
「ガンダムというジャンル」が過度に広がっているという一面を示した事例だと筆者は考えているが,これを読まれた方はどう思うだろうか?

「ガンダムをすべて受け入れる」,そういうスタンスで作品を眺めている筆者であるが,さすがに今回の作品は少々つらい部分が多い。
 最終話の視聴後にまとめようと考えている総論で,詳しくは語るつもりだが,やはり,我々は「旧世代」であるのだろう。少なくとも劇場版Zガンダムを見て,そう感じてしまうのである。

第二稿後書き(第三期)

 前項の終了時にまとめた後記では,上記のような文章で締めていた。
 あれから約1年。第二期を脱稿してからおよそ10ヶ月が経過している。
「ガンプラ雑記」という形で編集を行ったのは,前書きにも示しているが,ルロイさんの文章を見たのがきっかけであり,それ以前から考えていた内容に大きく追記した形で発表したものである。
 当時の状況からすると,状況が大きく変わったということをどうしても感じてしまう。

「ガンダムのジャンル化」は,より激しくなり,現在では話題に上ることすら稀な漫画などが復刊されることすら行われるような状況である。
(個人的には嬉しくはあるが,Wikiを編集することを考えると,手にはいる資料が増え,加速度的に編集内容がふえるということでもあり,大変ではある^^;)

 これは,「レトロ(あるいは懐メロ)」ブームと同じような物であり,完全に世代が代わったことを示しているようにも思われる。(つまりは,送り手側が旧世代であり,受け手側が新世代となったということ。)
 この動きは,2000年頃から加速してきたように思われる。
 現在の心境では,あのDESTINYですら,「アレはアレで(数多い作品群のひとつとして)ありか」とすら感じてしまうのである(苦笑

 様々な作品が,これからも出てくるだろうが,もっと「考える余地」が欲しいと考えている昨今であったりする(^^;

 ガンプラについては,まだまだ語っていきたいエピソードも多々ある。
 これはまた,折を見てということで。


 次回予告(?

 狭間に生み出されたいわば鬼子たるガンプラ達……
 語る機会があるのだろうか……
 それは時だけが知っている……

※誤字脱字,補足等は,随時更新されます(^^;

予告

●第23項:ガンプラ30周年
●第24項:ガンダムAGEの衝撃
 近年,ガンダム作品(特に,宇宙世紀以外のシリーズ)へのネット上でのバッシングと,テンプレ化した叩き,また,擁護意見への封殺など,ばからしい状況が続いていましたので,上記は書きかけで放置していましたが,近々再開する予定です。

 関連項目


 編集者


 Special Thanks!

  • ルロイさん
  • ダメガノタ(仮名)さん

第一期脱稿:2005年10月09日 17時57分00秒(旧ガンプラ雑記移植+α)
第二期脱稿:2005年12月29日 15時00分00秒(20項まで完成)
第三期脱稿:2006年10月11日 19時17分00秒(21項追記)
第四期脱稿:2007年08月13日 15時25分43秒(22項追記)
※今回の第5回更新は,本サイトの新フォーマットに適合させるための処置で,通常の更新ではありません。
最終更新時間:2012年12月08日 20時31分02秒

脚注